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結局、しっかり目覚めたのはそれから1時間ほど経った頃。
ベッドから抜け出した俺は、最近になって漸くまた着るようになったランニングウェアに袖を通す。
ナイロン素材のジャケットのジッパーを静かに上げ終えたところで、ちらりと背後を確認した。
「…爆睡。」
ベッドの共有者を失ったことに気づいてるのかいないのか、かけ布団を抱くようにして寝息を立て続ける女を見て、呟いて笑った。
紬は、朝が弱い。
元々夜な夜な買い出しに繰り出すようなこの女は確実に夜行性だし、休日の前日なら尚更。
昨日、一緒に金曜ロードショーを観ている時に「今日はめいいっぱい夜更かしできる」と缶ビール片手に宣言してきた笑顔を見た瞬間、押し倒しそうで大変だった。
眠りの世界から全く覚めようとしていない女を置いて、足音を立てぬように静かに玄関へ向かう。
紬のパンプスの隣に並べられているのは、俺が約1年前、怪我をしたあの日も履いていたランニングシューズ。
スニーカーとは、やはり違う。
どうしたって足の負荷がかかり過ぎるあの競技で、ソールのクッション性と、メッシュによる通気性を兼ね備えた軽量なこの靴は、練習には欠かせない存在だった。
その場にしゃがみ込んで、少し年季を感じさせるそれを手に取った瞬間。
「…それ、ランニングシューズ?」
記憶と対峙することに注力していたからか、すぐ後ろで同じようにしゃがみ込んでくる存在に、声をかけられるまで気づかなかった。
「起きたの。」
そう問いかけても、特に反応のないまま未だ眠気を孕んだ瞳は、俺のシューズに向いている。
「そう、ずっと使ってたやつ。」
「ふーん。」
そんなに珍しいものか、と疑問に思いながら、
いつもそうしていたように履いた後にトントン、と踵の位置を合わせ、靴紐を最上部の穴まで通しつつ最後は斜めがけをして縛り上げていく。
「そんなに上まで、締めるの?」
「ん?」
「靴紐。」
「…ああ、みんながそうか知らないけど。
走る時になるべく足首がぐらついて痛まないように、俺は紐をギリギリまで縛り上げて重心を固定して履いてる。」
「……ふーん。」
俺の説明に頷いて、そう漏らした女はやはり一心不乱に靴を見つめている。
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