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「いらっしゃいませー」
さほど覇気のない声を出してそう言いつつ、視線をそちらへやる。
そうして入ってきた客は
ふわりと軽やかなウェーブのかかった茶色の髪で、
……くらいまでを確認した時には、
足早に"何処か"へと歩みを進めていた。
一目散に向かったのは、恐らくドリンクコーナー。
そこへ向かって歩くスピードが速すぎて、後は殆ど"小柄な女"ということくらいしか分からなかった。
そして、ほんの数分の店内巡回を終えた女は、
そのままレジの前までやってくる。
その手に抱えていたのは、
___缶ビールと、サキイカ。以上。
「(色気ねー、)」
大事そうに抱えられたそのコンビに、
思わずそう心で突っ込んでしまう。
どんな女だと、好奇心が先行してチラリと漸く顔を見ると、大きなフレームの眼鏡のレンズ越しに視線がかち合った。
くりっとした大きな瞳をこちらに向けられた瞬間、何故だか心臓が鳴ったような気がした。
だぼっとしたグレーのトレーナーに、スウェットのズボン。
あまりに気の抜けすぎた服装のくせに、こちらを見つめる顔は、前髪を上げておでこが無防備に晒されているからか、どこかあどけなさがある。
「…袋、ご利用ですか。」
「要らないです。」
高めの声は、しっかりこちらにそう伝えて、カウンターにそのコンビを置く。
それに手を伸ばそうとした瞬間。
女は何故か缶ビールをくるっと半回転させ、サキイカの袋も裏返した。
あまりに一瞬のことに、その手が止まる。
しかし女を一瞥しても、全くこちらを気にすることなく財布の中身を探っていた。
「…ポイントカードお持ちですか。」
「持ってます。」
再びしっかり答えた女は、その質問を予期していたかのようにカードをこちらへ差し出す。
カードを記録して、
先程一度は止まったレジ打ちの作業を終え、
「……お支払い方法は?」
「Suicaでお願いします。」
そう尋ねると、やはり高めの声が質問を予期していたかのように答えて、恐らくスマホをかざす準備を終えている。
レジを操作してタッチを促すとピ、と会計終了の軽快な音が鳴ったと共に再び女は、缶ビールとサキイカを持ち上げる。
袖口も伸びすぎて、恐らく意図せず"萌え袖"になってしまっているそれから見える手の爪は、きちんと色が乗っていて。
その服装にはアンマッチした華やかさを観察していると、
「ありがとうございます。」
きっちりそう告げた女は、表情を変えることなく足早に出口へと向かって行った。
購入するのは、缶ビールとサキイカ。
一目散にカウンターまでやってきたら、
"レジ打ちがしやすいように"
バーコードのついた面をこちらへ向けて。
何一つ愛想は無いが、
最初から最後まで丁寧な口調で
必ず挨拶を欠かさない。
____干物姿の変な女は、ふらりと夜に現れた。
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