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それから数日経った頃。
「え、もしかして10000mやってた久箕君!?」
その問いかけに、ファーストドリンクを運んでいた手が分かりやすく止まった。
決して広くはない店内で、大きめのテーブルを陣取った5人集団の中の1人が、そう言いながら驚きに満ちた顔でこちらを凝視していた。
「……あー、そうです。」
まるで何故か後ろめたいことのように、気まずく歯切れ悪く、答えてしまう。
すると、俺が立つ側でドリンクを回すのを手伝ってくれていた1人も、整った顔を最大限に驚かせていた。
「オフィス家具メーカーで働いてる枡川 ちひろです。
こんなによく顔合わせてるのに、こうやってちゃんと名乗るのは初めてだね。」
お手洗いの帰りに俺を見つけた彼女は、そう話しかけてきて名刺を差し出した。
屈託なく笑う笑顔に釣られて表情を崩しつつそれを受け取ると、
「今日一緒に来てる人達、私が去年担当した案件の取引先の方々なんだ。
オフィス内のデスク全部取り替えるっていう、単純そうに見えて結構骨の折れた案件で。
私の中では思い入れがあるんだけど、その時の担当さん含めて、今も定期的に飲みに行ける間柄なの。
すごく良い素敵な企業さんだよ。
…私まで、過去を勝手に知ってごめんね久箕君。」
別に彼女が謝ることでもなんでも無いのに、最後にそう謝罪をして、再びテーブルへと戻っていく。
担当したというその会社が、あまりに有名なスポーツメーカーであることも同時に知って。
俺の過去に気付いて話しかけてきた男性が、そこから数日も空けずに再び訪れて、
「____一緒に働いてみない?」
そう声をかけられても、うまく反応が出来なかった。
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