番外編2

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まだ玄関先で、電気だって付けていなくて。 2人、まるで暗闇の中で見つからないようにこっそり抱き合う状況に羞恥が募っていく。 「…やっぱ俺が居ないと寂しくて泣いちゃったか。」 男の後ろの壁に設置されている電気のスイッチに手を伸ばそうとすると、その手を阻むように上から大きな手に握られて、からかいを含んだ声でそう告げられた。 「分かってるなら、最初からうちに帰って来てよ。」 今日は会えないとか、私の寂しさに気付いてたくせになんでそんなこと言ったの。 じと、と近い距離で睨みながら不服を伝えると、梓雪の顔に気まずさが垣間見える。 「………俺、あんまり我慢できないじゃん。」 そうして吐き出された言葉にも 歯切れの悪さがあった。 「…何を?」 「……抱くのを?」 「、っ」 何を言いだすんだろう、この男。 突然の言葉に、動揺しながら急激に熱を帯びる私の顔を見て、眉尻を下げる男が「そういうのも可愛いからやめて」と、意味の分からない文句を投げつけてくる。 「…紬。あれ、誰に貰ったの。」 「なに…?」 そして、先程の言葉もまだうまく消化できていない私に容赦なく投げられた質問は、端的過ぎて即座には掴めない。 「…お饅頭。」 「……え、」 「一箱全部とか、何? どういうアプローチなわけ?」 ……アプローチ、とは。 意外な梓雪からの言葉に、 多分私は間抜けな顔になっている。 「…ご褒美とか言ってたけど。 直感で、絶対これ渡してきたの男だって思って。 無理やり言い寄ってくるとかじゃなくて、なんか"健気な愛"って感じがして、逆に心配になるわこんなん。」 ハア、と大きく溜息を吐いた男は私の髪を撫でつつ「俺の彼女は案外抜けてて隙だらけだし。」と失礼な感想も重ねてくる。 もしかして、これは、 「……やきもち…?」 ぽつん、と短い自分の問いかけが 真っ暗闇の中で落ちる。 「……当たり前。焦るし普通に。 こっちは紬を前にしたら、 なんか本当、ずっと歯止め効かないから。 ちょっと反省して、今日は会うの我慢して 明日、"健全なデート"誘おうかと思ってた。」 「……、なにそれ…」 「まあ結局、可愛いメッセージのせいであっさり負けたけど。」 私の範疇を超えた男の考えに、脱力してしまう。 それでも。 気まずそうな声も、細まる三白眼も、全部が愛しさに繋がる私は本当に重症だと思う。 『言い寄ってくるとかじゃなくて、なんか"健気な愛"って感じで逆に心配になるわこんなん。』 そして先ほどの言葉を反芻したら、 思わず笑みが漏れる。 ふ、と微かな空気の揺れは男にも勿論届いていて、「何笑ってんの。」と指摘されても表情の緩みが止まらない。 ___ちゃんと、梓雪の顔が見たい。 そう思った私は、やっと電気のスイッチに触れる。 その途端、急に空間が明るくなって、目が慣れないままに見上げた男の顔が、ちょっとだけ赤い気がした。
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