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走って走って、人混みの中、駅前の改札近くで壁に背を預けて立つ男を見つけた。
当たり前にもう、派手な髪色じゃないけれど。私は絶対、梓雪のことは直ぐに見つけられる。
「____しゆき、!」
「…え、来るの早い」
大きな声で名前を呼んだら、スマホを見ていた男は驚いたように顔を上げる。私を確認して、形の綺麗な瞳をもっと見開いた。
側まで駆け寄って、直ぐに「ごめんね」と言いたかったけど、思ったより日頃の運動不足がたたって、息が切れる。やっぱりこの男ともっと朝のジョギング、するべきだったかな。
肩を上下させて膝に手を当てる体勢になると、梓雪が焦ったように私を覗き込む。
「どした、そんな焦って」
「…待って、すごい、走ったから、息が…」
「なに、そんなに早く俺に会いたかった?」
私の乱れた前髪を整えてくれる梓雪は、視線がぶつかると甘く三白眼の瞳を細めた。もう、それを見ていたら、どうしようもなく溢れる気持ちがある。
「…そうだよ」
「……」
「だって私、もう急いで会いに来るくらいしか、情状酌量の余地ない…っ」
じわじわと視界が滲んで、声が震えた。情け無い顔で、私の髪に触れていた梓雪の手をぎゅうと握れば、ずっと逸らされない目線の先の綺麗な瞳がみるみる見開かれていった。
「…紬、なんの話。どうした」
「……梓雪は優しいから、全然、怒らないけど、私、2回も罪を、」
「罪って何…、紬とりあえず落ち着いて、泣きべそかいてんのも可愛くて困る」
「私、真面目に言ってるんですが…っ」
「いや、こっちも真面目ですけど」
往来の激しい場所から、珍しくちょっと焦っている梓雪が、ずっと謎の言葉を吐きながら駅の遊歩道の方へ誘導してくれる。地上に降り立って、そのまま遊歩道の陰になる場所で、再び向かい合う。
「…紬、」
名前を呼ばれたらやっぱり込み上げるものが耐えられず、ぎゅうと抱きついてしまった。
その途端、「えー…」と困惑の声を出す梓雪に、ドン引きされているのかと離れようとしたら、両手を回してもっと強い力で抱き締められる。
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