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「…ドン引いてるのか、そうじゃないのかどっち」
「引くかよ。紬が俺の理性試してくるから困惑してるんだけど」
梓雪の胸に自分の顔を埋めて尋ねると、溜息混じりにそう伝えながら、私の髪を優しく撫でる。
心地よい鼓動と何より安心する香りに包まれて、また涙腺が緩む。嗚呼、やっぱり。私は梓雪の全部をもう、とっくに手放せない。
「……梓雪、」
「ん?」
「先週も、今週も、ごめんね」
「…仕事が入るのは、紬の所為じゃないだろ」
「課長殴んなかった?」と楽しそうに尋ねる梓雪には、やっぱり怒りの感情は1ミリも見えない。
「…私は梓雪みたいに、優しくないから、逆だったら絶対怒る」
「そうなの?可愛いな」
話が噛み合ってるようであまり噛み合ってない。いつもと何も変わらない通常運転のこの男は、本当に、我慢はしていないのだろうか。
「……俺が我慢してるって思った?」
「思った。でも、違うの…?」
「本当に怒ってないよ」
私を抱き締めたまま少しだけ距離を空けた男が、柔らかな笑顔で見下ろしてくる。
「俺からしたら、紬に怒るとか、勿体ない」
「……勿体ない?」
「怒って喧嘩になって、気まずい時間つくるのがもはや惜しい。衝突して仲が深まるとか、そういうのも、まあ、あるかもしれないけど、俺は違うな。
そんな暇あったら紬に可愛いって言いたいし?」
想像を遥かに超えて、全然、敵わない。何も難しいことではなく、いとも容易く伝えてくれる言葉は途方もない。与えてくれる気持ちの大きさに、びっくりしてぽたりと意図せず涙が出た。
「なにそれ、」
「だから、俺と喧嘩するのは相当難しいと思うよ?怒ってても紬は可愛いからなあ、全然負ける」
「…拳でぶつかり合うとか、無いんですか」
「無いです。そんな時間あったら俺、紬ちゃんと、いちゃつきたいんですよね」
「というか拳でぶつかるの、普通のカップルもしないだろ」と、からり笑って梓雪はまた私を抱きしめる。
飄々とした口ぶりで、沢山の愛しさをくれる。
どうしよう。他で挽回したいって、ほむさんには誓ったけれど。私は他に、梓雪にしてあげられることはあるのかな。
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