1740人が本棚に入れています
本棚に追加
/203ページ
「…紬、今日の格好めずらしーね」
「え?」
「私服ではよく見るけど、仕事でそういうのは珍しい」
目尻に浮かんだ涙を指の腹で優しく拭う梓雪は、目が合うとまた、微笑んでくれる。
「今日はイベントで、動きやすい服装でって言われたから」と説明するとそこで初めて納得しているようだった。
レースがあしらわれた白ブラウスにデニム素材のロングスカート、あとはお気に入りのスニーカー。確かに、普段の出勤スタイルとは違う。
「ちひろさんの会社にも、こういう服装で行ってたよ」
「……」
「梓雪?」
「なんか今日、褒められて良心が痛むから言うわ」
突然の決意を語る梓雪に「なにを」と続けようとする前に、両頬を温かい手に包まれて、上を向いた状態で固定される。
「枡川さんの会社で先週、働いたんだろ」
「う、うん」
オープンオフィスのことは、梓雪にも伝えていた。目の前の男は少しだけ眉が寄っていて、どうやら何か不都合があったらしい。前に伝えた時は「そっか、良いな」と笑ってくれた気がしたけど、とそこまで考えると、梓雪が再び口を開く。
「"あの人"にも、会った?」
……あの人…?
ぽかんと口を開けたまま、梓雪の質問を咀嚼する。
そして必死に頭を働かせる中で、梓雪の瞳には、苛立ちとかでは無く、"拗ねている"ような、そういう色を見た。
「…あの人って、もしかして、南雲さん…?」
目を細めて口を噤む姿から、私の予想は当たったと知る。梓雪がちひろさんの会社で知っている人なんて、後は瀬尾さんや古淵さん、それから、南雲さんくらいしかきっと居ない。
「…うん、会ったよ」
嘘を言うのは良く無いと、とりあえずまずは肯定すると「ふうん」と呟いて、元々詰まっていた距離の中、もっと近づいてきた梓雪に唇を塞がれた。
最初のコメントを投稿しよう!