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「、な、」
「じゃあ、紬の可愛い格好も見たんだ?」
直ぐに唇は離れたけれど、殆ど触れ合っている近さで梓雪が落とした言葉はやはり、若干トゲがある。
南雲さんとは、とても久しぶりの再会だった。そもそもこんな機会が無ければ絶対に出会っていなかったと思う。
『…枡川と今もよく飲みに行ってるんだって?』
『はい。2人でビールとハイボールひたすら飲んでます。』
『あれ。俺とご飯行った時は、なんかお洒落なサワーちょっとずつ飲む人だった筈なんだけど。』
世間話の中で、南雲さんは前から知っていたけれど、改めて偽っていた自分のことを打ち明けた。同時に彼も、私と出会っている時は無理をしていたと「過去の話」として話してくれた。
そして彼には、自分を取り繕う余裕が無いくらいに夢中になっている人が居ることも知った。
仕事が出来そうな正統派の美人で、オープンオフィスを利用している榛世さんという方だ。編集者としての仕事に懸命に取り組む彼女が、南雲さんのことを想っているのは明白なのに、何処か一歩踏み出せないでいる様子がどうしても気にかかり、態々話しかけてお節介までやいてしまった。
「会ったなら、紬のことまた狙う可能性あるな」
「絶対無いよ」
「なんで分かんの」
「南雲さん、好きな人居るよ…?」
「は?」
きょとんとした顔の梓雪に、オープンオフィスでのことを榛世さんのことも含めて話す。
全てを聞き終えた梓雪は、溜息を漏らしつつ「お節介だなあ」と自覚していることを呟いて抱きしめる姿勢のまま、私の頭に自分の顎を置く。
「まあでも紬は、出会った時からお節介だった」
「……どこが」
「枡川さんと瀬尾さんの世話までやいてたし」
だってあれは、あの2人がいつまで経ってもくっつかないからだ。失恋した私の身にもなってほしいと苛立って、確かに何度も背中を押したくなってしまった。
「そういうとこも、可愛かった。紬は、俺には絶対無いもの持ってる」
「…梓雪だったら、ライバルは蹴落とす?」
「当たり前じゃん、全員敵。申し訳ないけど南雲さんも敵」
出会った頃、ちひろさん達に抱えている複雑な感情を見抜いたこの男は、平然と「俺ならライバルは蹴落とすし、そんなことしない」と語って私の罪悪感を掬い上げた。
「南雲さんは今は本当に、違うよ」
「疑ってるわけじゃないけど。でも俺は紬みたいに心広く無いから」
つんとした声を出しながら拘束する腕の力を増す梓雪が、さっきの私と同じようなことを言う。
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