初顔合わせ

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初顔合わせ

「あー……緊張する……」  1DKのアパートの一室。壁際に設置されたベッドの上で壁にもたれるようにしながら、香山(かやま)(ひろし)はそわそわとしていた。  今日は結婚相談所で知り合った相沢(あいざわ)さんと初顔合わせの日だ。しかし昨今の社会情勢が影響して、実際に会って話をするのはどうしてもはばかられる。  だから、それぞれの自宅にいるままに、オンラインで顔合わせをすることにしたのだ。  予定の開始時間まであと5分。傍らのノートパソコンは立ち上げ済みで、結婚相談所が提供するオンライン顔合わせツールの画面を表示している。パソコンのカメラも異常なし、服装もしっかり整えているし、部屋の片付けも済んだ。  本当ならスマートフォンでツールを起動し、壁を背にして顔だけ写せれば手間も無いのだが、寛はスマートフォンを持っていない。ガラケー派だ。最近流行りのメッセージングアプリとかも使えない。  それにしても、緊張する。直接女性と会って話をするのとは、また違った緊張感だ。  なにしろ、たった(・・・)15分しか話が出来ない。同じ女性とは一日一度しか会話が出来ないという制約もある。  何を話そう、どんなことを聞こう。そんなことを考えている間にも時間は過ぎて、予定の時刻が近づいてくる。  そして、時計の長針が6を指す僅か前に。 「あっ……!」  待機場所にアイコンが追加された。相手の方が入室してきた表示だ。  これなら時間ぴったりに始められそうだ。そのことに安堵しながら寛はマウスカーソルを移動、通話開始ボタンにカーソルを合わせる。  いよいよ、始まる。  時計の針が6に移動する瞬間、寛はノートパソコンのタッチパッドを叩いた。通話が開始され、相沢さんの顔が画面に映る。事前に公開されていた写真と同じ、丸顔で眼鏡をかけた顔だ。 「あっ、は、初めまして!」 「初めまして、よろしくお願いします!」  二人同時に声を発して、頭を下げる。ここからは時間との勝負だ、一分一秒とも無駄には出来ない。  すぐに寛は頭を上げて自己紹介に入った。 「香山です、よろしくお願いします」 「相沢です、今日はありがとうございます」  自己紹介はお互いに滞りなく。ホッとした。自然と寛の顔に笑みが浮かぶ。 「こちらこそありがとうございます。すみません、スマホを持っていないせいでこういう形になって」 「いえ、大丈夫です。私もLINEやSkypeをやっていないので、こういう仕組みが結婚相談所にあって助かりました」  寛が謝ると、相沢さんも軽く手を降った。どうやらお互いに、LINEなどのアプリには縁のない人間だったらしい。  しかし、寛はそこでハッとした。そうだ、この世の中にはメールアドレス一つでいくらでも使えるメッセージングアプリがあるではないか。Skypeしかり、Discordしかり。 「あっ、Skype! その手がありましたか。でも今からアカウント取得とか面倒ですしね」 「そうなんですよ、Outlookのアカウントも持ってなくて、gmailだけで」  寛が言うと、相沢さんも太さのある眉をハの字にしながら苦笑した。曰く、メールアドレスはgmailと携帯キャリアのメールアドレスだけ、それ以外にメールアドレスを持たないようにしているのだと言う。  賢明だ。今どきメールアドレス複数持ちなど珍しくもないし、フリーのメールサービスでも一アカウントで複数のアドレスを使い分けることが出来るが、一つのほうが面倒ではない。 「メールアドレスあちこちにあると、管理が大変ですもんね」 「分かります、いろんなところにメールが飛んじゃって、このサイトどのメルアドで登録したっけってなっちゃうのが嫌で」 「分かります分かります」  同意の言葉を返す寛に、相沢さんも即座にうなずいた。そして相沢さんの発言に寛もうなずいていく。  どうやら、感性が煮ていると言うか、考え方に共通する部分があるようだ。うなずいた寛が耳元を掻く。 「そうなんですよねー、一度サイトに登録したメルアド変えるの面倒じゃないですか? だから携帯のキャリアもずっとそのままで」 「分かりますー、格安SIMに変えられないですよね」  携帯のキャリアの話を持ち出すと、相沢さんも何度もうなずいた。聞けば、学生時代からずっと同じキャリアを使用しており、メールアドレスもほとんど変えないで使っているとのこと。  なるほど、結構自分と似ている。そう感じて寛は嬉しくなった、が、はっと我に返って時計を見た。もう既に長針が7をだいぶ過ぎている。半分くらいを雑談に費やしてしまったようだ。  相沢さんもそのことに思い至ったらしい。すぐに頭を下げてきた。 「あっすみません、時間短いのになんか雑談しちゃって」 「いえいえ大丈夫です、何となく人となりは分かったんで。じゃあ、お仕事がたしか学校の先生と言うことでしたけれど」  相沢さんの言葉に寛も一緒になって頭を下げた。ここからは有用に相手のことを知る方向に話をしないと。  そう考えて寛が切り出したのは仕事の話だ。結婚相談所のサイト上で、相手の職業や休みの日はある程度知ることが出来る。プライベートに踏み込むよりは、仕事の話から始めたほうが悪印象もない、はずだ。  果たして、相沢さんがうなずきながら笑う。 「そうです、小学校の教員をしていまして」 「小学校! 今大変じゃないですか、オンライン授業やったりとかで」  答えを聞いて、寛は目を見開いた。この状況の小学校とか、いちばん大変なやつではないか。授業のオンライン化だけではない、保護者への連絡や対応、教室の消毒やら掃除やら。仕事が多くて忙しいはずだ。相沢さんが困った顔でうなずく。 「大変なんですよー、設備の導入もしなきゃならないですし、生徒がいなくても仕事はたくさんですし」 「毎日お疲れ様です。大変ですよねー、僕も勤め先が飲食なんで仕事が無くて」  その表情を見ていると、寛も困った顔に自然となってしまって。彼も彼で、この時勢の影響をもろに受けていて大変なのだ。彼女とは違って、仕事がなくなる方面で、だが。  寛の言葉を聞いて、相沢さんが納得したような声を漏らした。 「飲食ですかー、お疲れ様です、大変ですよね。私も時短の影響で夜に仕事が終わっても外で食べられないですし。どんなお店ですか?」 「居酒屋ですね、だから今一番打撃受けてて。焼き鳥が美味しいお店なんですよ、大山(だいせん)どりっていう地鶏を使っていて、それが売りで」  話しながら、寛は小さく肩をすくめた。  勤め先はとあるチェーンの居酒屋だ。そこで料理を作り、酒を提供するのが寛の仕事なのだが、この状況下で店は営業を縮小。臨時休業にはなっていないので仕事はあるにはあるが、それでも営業は夜の20時まで。なかなか満足に働けていない現実がある。本当はいい地鶏を仕入れていて、焼鳥が名物のいい店なのだが。  寛の言葉に、相沢さんが軽く手を合わせて返した。 「美味しそう、いいですねー居酒屋。今飲み会とかも全然できなくてつまらなくて」 「そうですよね、つまらないですよねー」  話しながら苦笑が顔に出ていく。自然と相手の言葉に同調できるような気がして、寛はとても気持ちよく話せていた。これが最初の顔合わせとは思えないくらいだ。  しかし時間は無情に過ぎていく。もう長針が9の直ぐ側まで来ていた。ツールの画面上にも「残り30秒です」の表示が出ている。  いけない、こんなに早く時間がすぎるとは。慌てて寛は挨拶に入る。 「あっまずい、もう時間が。今日はありがとうございました、また時間作ってお話ししましょう!」 「あっそうですね、すみませんありがとうございます、また今度!」  相沢さんも慌ただしく挨拶を返してきて、軽く手を振り始めた所でタイムアップ。ツールが終了し、結婚相談所のページが画面に表示される。あとは画面中央に、ツールの通話品質を尋ねるアンケート。  それを確認して、寛はようやく肩の力を抜き、後方の壁にもたれかかった。 「はー……」  これで、今日の顔合わせは終わりだ。思っていた以上に早く時間が過ぎた気がする。 「やっぱり短いな、15分……楽しく話せたからいいけど……」  短い時間しか話せなかった。もっといろいろと話したかった。でも、楽しく話すことが出来た。  これはこれで、いい付き合い方かもしれない。明日もまた話そう、そういう思いになれるから。 「……よし」  寛は身を起こしてノートパソコンのキーボードを叩き始めた。相沢さんにメッセージを送り始める。  明日もまた時間を作って話しましょう。  そういう思いを指先に込めながら。
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