【カクテルとチーク】アイシャドウの色に迷う

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ヨシ  32歳。バーのママ。ヤスと付き合っている。     昔は女好きだった。 歩   25歳。ヤスの同僚。ヤスに憧れている。     先日ヤスに告白をしたが、断られた。     バーに来るのは初めてで、緊張している。 ジュン 34歳。ヨシの親友。     男から女になって     隣町のバーのママをしている。 ヤス  31歳。化粧品会社の凄腕営業マン。     普段はオネエであることを周囲に隠している。  ヨシが経営する小さなバー 歩M  あれから一か月。     リサーチを重ねてようやくたどり着いた。     ここが、ヤスさんが通っているバー……。     正直、あの人がバーに通っているなんて     思いもしなかった。     きっとここに、     ヤスさんの好きな人がいる……。     空振りするかもしれないけど、     どうしても気になる……。     行ってみるしかない……。   ヨシ  いらっしゃ~い、おひとり様? 歩   はい。 ヨシ  お好きな席へどうぞ。 歩   じゃあここに……。 ヨシ  ……ん?あなた、トピア化粧品の歩君? 歩   え。 ヨシ  あぁ、社員証、首から下げたままだから。 歩   あ……。 ヨシ  ごめんなさいね。 歩   いえ、それより、どうしてぼくのことを? ヨシ  あなたのことをよく話題にする人が     いるからよ。 歩   ……。 ヨシ  一杯目、何にする?     せっかくだから、飲んでいって。 歩   じゃあ、……ジンライムで。 ヨシ  かしこまりましたぁ。 歩   あの、ママさん。 ヨシ  ヨシでいいわよ。気軽に呼んでちょうだい。 歩   ……わかりました。 ヨシ  ついでに、敬語も抜いちゃっていいわよ。     リラックスして。 歩   ……あの、ぼくのことを     話題にする人って誰ですか。 ヨシ  あら、わかっててここに来たんじゃないのぉ。 歩   ……。 ヨシ  はい、ジンライムよ。お待たせ。 歩   ありがとうございます。 ヨシ  歩君。こういうお店は初めて? 歩   ……はい、恥ずかしながら。 ヨシ  気にしなくていいのよ、     むしろ、来てくれてありがと。 歩   ……。 ヨシ  歩君、私とあなたは、店員とお客。     話せることなら、何でも聞くわ。 歩   ……でも、迷惑じゃないですか? ヨシ  何言ってるのよ!     もう!緊張しちゃって!かわいい子! 歩   ……。 ヨシ  ここは、お酒と共に人生も楽しむ場所。     悩みも吐き出して心は軽く、     膀胱は重くして帰ってくれれば私は満足よ。     立ちションはご遠慮願いたいけど。 歩   ……じゃあ。     ヨシさん、ヤスさんってご存じですよね。     ぼくと同じトピア化粧品の営業部で、     ぼくと同じで、ジンライムが好きなんです。 ヨシ  えぇ、知っているわよ。よく来てくれるわ。 歩   あの人、最近好きな人ができたらしいんです。 ヨシ  そうなの? 歩   ぼく、ヤスさんのことが好きだったんです。 ヨシ  あらぁ、いいわねぇ。 歩   でも、変じゃないですか。     男なのに男が好きなんて……。 ヨシ  そうかしら? 歩   そう思ってずっと気持ち、     隠してきたんですけど……。     ヤスさん、     実は心は女性だったことに気づきまして。 ヨシ  ……ん? 歩   もしかして、ぼくでも好きに     なっていいのかなって     思ったから、告白、しちゃったんです。 ヨシ  あ、あぁ、そうなのね。勇気があるわねぇ。     あ、グラス空いたわね。2杯目どう? 歩   あ、はい。いただきます。     ちょっと度数高めでいいので、     ヨシさんのオススメ、もらえますか? ヨシ  いいわよぉ。 歩   その、告白したんですけど……     振られちゃいました。     好きな人がいるからって。 ヨシ  そうだったの……。 歩   ヤスさん社内でも人気者で、     女性社員の中ではファンクラブが     できるほどなんですよ。     誰がヤスさんと結婚できるか     毎日話題にしたり、     アプローチをかけたり     している人もいるんです。 ヨシ  あら、そうなの? 歩   そんなヤスさんに好きな人ができたとなれば     大事件ですよ。     だから、どうしても突き止めたくて……     ここに来てしまいました。 ヨシ  なるほどね。     でも、どんな理由であれ私の店に     来てくれるのはうれしいわよ。 歩   ……ヤスさんが好きになる人って     どんな人なんだろう。     きっと優しくて、     感性の合う人なんだろうなぁ。     あの、ヤスさんが化粧品会社に     入社した理由って     聞いたことありますか。 ヨシ  いいえ、ないわねぇ。どんな理由なの? 歩   いつか現れた運命の人を自分の技術で     さらに美しくしたいからだそうです。     いやぁ、ぼくそれ初めて     聞いたとき痺れました。 ヨシ  へぇ~。それは素敵ね。 歩   だから、ヤスさんの前に現れた運命の人が     どんな人なのかとても気になるんです。 ヨシ  それでうちの店に来たと……。 歩   はい。     必ずヤスさんが好きな人を見つけてやるんです。 ヨシ  そうなのね。わかった。     このヨシに任せておきなさい! 歩   え。 ヨシ  歩君に代わって、この私が、     ヤスの好きな人を探してみるから。     定期的にお店に飲みに来てちょうだい! 歩   本当ですか!? ヨシ  えぇ。ヤスとは切っても切れない仲!     根掘り葉掘り聞いちゃうから、     あんたも、いつまでも落ち込んでないで、     新しい恋でも探してみたら!     ここのバーで! 歩   わかりました!ありがとうございます!     ……じゃあ、お金置いていきますね。 ヨシ  まいどあり。次回、待ってるわよ。 歩   ごちそうさまでした。 ヨシ  またねぇ。 ヨシM よし、これでお客さんゲット。     ふふん、ちょろいもんよ。     いやぁ、しっかし、     ……めちゃくちゃいい子じゃない、歩君。     あんな子を振るなんて、     ヤスってば、本当に罪な人……。 ジュンMちょっとちょっとちょっとどういうこと!?     まさかあいつに恋人ができたなんて……!?     あたしというものが     ありながらどういうつもりよ。     ちょっと説教してやるわ!! ヨシ  いらっしゃ~……げっ。 ジュン こぉんばんはぁ、よっすぃ~!     ジュンママが来たわよ。 ヨシ  今日来るなんて聞いてないわよぉ! ジュン 連絡したわよ。     あんたが無視したんでしょ! ヨシ  そりゃそうよ、あんたの相手してたら     時間がロックアイスのように     融けてなくなるじゃない! ジュン あら口答えしていいの?     ……ここのお酒全部なくなるわよ? ヨシ  ああん、はいはいわかりましたぁ。     今度はちゃんとLINE返すから、     店のお酒全部飲み干すのだけは     勘弁してちょうだい!! ジュン いいえ。     今日は私が出す質問にすべて答えてもらうわ。 ヨシ  え。 ジュン あんた、私の情報網を甘く見ていないかしら? ヨシ  というと? ジュン ……男と付き合い始めたってほんと? ヨシ  ……。 ジュン しかも、大手化粧品会社のエリートだって??     おまけに超色男ときたもんだ……。 ヨシ  ……っ。いやぁん!!     ジュンにだけはバレたくなかったのに……! ジュン お酒、いただくわ。 ヨシ  ……はい、オマタセイタシマシタァ。 ジュン さてさてさて、本題に入ろうかしら。     ヨシ、あんたは私が知る限り     心はオカマでもノン気だったはずよ。 ヨシ  ……は、はい。 ジュン Aカップから順におっぱいの魅力を     一時間ずつ語れるほどおっぱい好きだった     あんたがなぜそそり立つ棒の方に好意を     寄せることになったのか、     私が納得するように話しなさい。 ヨシ  そ、それは……。 ジュン それは? ヨシ  ……っ。言えないわ!     彼のことをあんたに話したら、     彼がどうなることか……!     彼があんたの餌食になるくらいなら、     私の酒でも貞操でも何でもくれてやるわよ! ジュン あんた、あたしを何だと思ってるのよ!?     化け物かなんかと勘違いしていないかしら!? ヨシ  間違っちゃいないわよ!     私のお目目は正常ですぅ! ジュン どこがよ!     恋して盲目になった視力なんて     当てにならないわよ! ヨシ  よく言うわよ!     女に憧れた挙句、おっぱい欲しさに血迷って     女になったあんたに言われたくないわね! ジュン 何をぉ!?     男のくせに化粧うますぎんのよあんた!     いつからそんなに器用になったのよ!? ヨシ  はぁ!?あんた知らないのぉ!?     私の恋人のヤスが化粧品を選んでくれて、     やり方まで教えてくれたからよ!!     どう!?素晴らしいでしょぉ!? ジュン ……。 ヨシ  ……Oops. ジュン それで?そのヤス君にご執心な     ヨシママでございますけれど……。     よくここに来るのかしら? ヨシ  来るわよ。そのうち会うでしょ。 ジュン もう、つれないわねぇ。 ヨシ  そういうあんたはどうなのよ。     女になってから、もう4年になるんでしょ? ジュン そうねぇ……。好きな人は変わってないけど、     相変わらず気づく素振りすらないわ。 ヨシ  もうそんな男やめてしまいなさい。     時間の無駄よ? ジュン そんなことないわよ。     破天荒でかわいらしいから、     見ていて楽しいのよ。 ヨシ  もうずっと同じこと聞いてるけど、     ジュンの好きな人って誰なのよ。     私の情報だけ渡すなんて     フェアじゃないでしょ。 ジュン 渡すも何も、     あんたが勝手にしゃべっただけでしょ。 ヨシ  あれはあんたが変なところに     気づくからでしょ! ジュン 「よく見てる」と褒めてほしいわね! ヨシ  あんたに見られてもうれしくないわよ! ジュン 何をぉ!?     あたしだってあんたのバサバサまつ毛と     真っ黒アイライナーのパンダ顔に     見つめられたくなんかないわよ! ヨシ  なぁんてこと言うのよ!!     これはね!     ヤスが自分の会社の売り上げ1位で、     すごく人気のある商品を紹介してくれたのよ!     遅い時間まで働くから、     メイク崩れしないようにって     プレゼントしてくれたアイラインとアイブロー     なんだからパンダなわけないでしょ! ジュン ……へぇ。そんなことまでしてくれるのね。 ヨシ  ……Oh,Shit. ジュン ……ま、いいわ。     今日はこれくらいにしてあげるわ。     今度ゆっくり飲もうかしら。3人で。 ヨシ  ……ジュンママ、     いつもあんたにはお世話になってるし、     喧嘩もできる貴重な人だと思ってる。     でも、それと同じくらい大切な人ができたの。 ジュン ……。 ヨシ  だから、また、飲みに来て。     今度、ちゃんと紹介するわ。     報告遅れて、ごめんね。 ジュン ……あんたがそんな顔するなんて。     よっぽど好きなのね……。 ヨシ  私もまさか男を好きになるなんて     思ってもみなかったから、     自分でも驚いているのよ。 ジュン そう……。 ヨシ  うん……。 ジュン ま、焦らないことね。     じっくりドシッと構えて、ここで待つことね。 ヨシ  ……そうね。 ジュン じゃ、あたしは行くわ。 ヨシ  ジュン、おやすみ。 ジュン おやすみぃ。 ヨシM まったく。変わらないんだから。     ……でも、ごめんね。     私、全部知ってるの。     あたしがあまりにも女好きで、     おっぱいが好きで、     どうしようもなかったから、     女になって私を見守ってくれているってこと。     今度ヤスにもちゃんと、紹介しなくちゃ。 ヤスM 今日はバレンタイン……。     何としても彼に     このGADIVAのチョコを渡したい。     付き合って初めてのバレンタイン……。     ……!?男が男にチョコ……!?     チョコっとおかしいかしら……。     いや、そんなことはないはず……!!     堂々と渡すわよ!堂々と!!     せっかく女の子たちに囲まれながら     買ってきたんだから!     ヨシ  いらっしゃ~い!ヤスぅ!     こんばんは! ヤス  こんばんはぁ、ヨシさぁん。 ヨシ  もう、ヨシでいいって何度も言ってるでしょ?     お酒、いつものね、わかってるわよ。 ヤス  あら、ありがとう。 ヨシ  今日はね、とてもユニークな     お客さんが来ていたのよ? ヤス  ユニークぅ? ヨシ  そう。はい、ジンライム。 ヤス  いただきます。 ヨシ  ユニークなお客さんってのは……歩君よ。 ヤス  ぶっ!!ごほ、ごほっ……えっ!? ヨシ  あの子、あんたのことを     追いかけてここに来たみたいよ? ヤス  え、ヨシさん、バレて……。 ヨシ  ないわよぉ。     でも、探しておいてあげるって言っちゃった。 ヤス  か、勘弁してよぉ……。     バレたらえらいことになるじゃない。 ヨシ  そんなことより、ヤス。     社内にあんたのファンクラブがあるんだって? ヤス  う……えぇ、どうやら、私の知らないところで     結成されているようなのぉ。 ヨシ  はぁ。これだから色男は……。     付き合っているこっちの身にも     なってみなさいよ。 ヤス  え? ヨシ  聞いてればかなりモテモテらしいじゃない?     大手化粧品会社のエリート営業マンは。 ヤス  え、ヨシさん何か怒っ……? ヨシ  当たり前でしょ!?     あたしはこの店でおとなしくあんたを     待つしかできないのに、     あんたは会社で美女に囲まれて     ランラン鼻歌歌いながら     仕事してるんでしょ! ヤス  そりゃ、鼻歌も歌いたくなるわよ!     好きな人に好きなもの     使ってもらってるんだからぁ!     次何を選んであげようかなぁって     ウキウキするわよ! ヨシ  くぅー!うらやましい!!     あぁーんもう!     あいつに会ったからおっぱい好きに     戻っちゃいそう! ヤス  え? ヨシ  え!? ヤス  ……よしさん、おっぱいが好きだったの? ヨシ  ……んん゛っ、昔の話よ、忘れなさい。 ヤス  その、あいつって……誰なのよ? ヨシ  ……。 ヤス  ヨ~シ~さ~ん~? ヨシ  と、隣町の親友よ。     バーのママ、やってて、     ついさっきヤスが来る前に来ていたのよ。     今日は忙しいみたいだったから     すぐ帰ったけど……。 ヤス  ……そうだったのね。 ヨシ  ヤス? ヤス  ……そんな人がいるなんて知らなかったわ。 ヨシ  ……。 ヤス  ほら、私とヨシさんって、     初めは客とママだったから、     私の話はたくさん聞いてもらったけど、     ヨシさんの話はあんまり聞けてなかったでしょ? ヨシ  そうねぇ……。 ヤス  私の昔の話はたくさん聞いてたでしょ?     ジャングルジムにお尻がはまって     抜け出せなくなってしまった上に、トイレを     我慢することができなくなって、     ジャングルジムの頂上から     黄色い水を垂れ流した話とか……。 ヨシ  あったわねぇ。     それはインパクト強かったから覚えておるわ。 ヤス  メイクや女装をしている人に憧れて、お母さんの     口紅借りて自分で塗ったら口裂け女みたいになった     話とか……。 ヨシ  ちょっと待って、それは初耳よ。 ヤス  だから、今度はヨシさんの話を     少しずつでいいから     してほしいんだけど、ダメかしら。 ヨシ  ……そうね、その通りだわ。     昔の話とか、全然してなかったものね。 ヤス  バーテンダーになるために銀座のマスターに     弟子入りした当日にオカマだってバレた話は     聞いたけどね。 ヨシ  ちょっとなんで     そこだけちゃんと覚えてるのよ。 ヤス  さっきの話に戻るけど、     ヨシさん、もともとノン気だったの? ヨシ  ……そうよ。 ヤス  おっぱい大好き星人だったと。 ヨシ  ……ひ、否定できないわ……。 ヤス  それなのに、どうしてわたしと? ヨシ  それは……。 ヤス  ……ごめんなさいね、     いじめるつもりはなかったのよ。 ヨシ  わかってるくせに     そういうことを言うヤスは嫌よ! ヤス  え!?ああん、ごめんん!     これあげるから、許してぇ! ヨシ  ん?これは? ヤス  ちょ、チョコレートよ。     今日は、バレンタインでしょ? ヨシ  え?     あ、そ、そうよね、バレンタインよね。     あら、お店の開店の時には     ちゃんと覚えていたのに、     嵐がやってきたから途中で忘れていたわ。 ヤス  ふふっ。     あとで食べてね。     なんて言ったって、GADIVAの     チョコレートなんだから! ヨシ  えぇ、いただくわ。じゃああたしからも……。     じゃーん、手作りブランデーチョコよ! ヤス  ええっ!?さすがヨシさん!すごいわぁ! ヨシ  あたし、渡すの楽しみにしてたんだから、     ありがたく食べなさいよね。 ヤス  ありがとう、ヨシさん。おいしく味わうわ。 ヨシ  ヤス、あのね、月末の土曜日と日曜日、     ちょっとお店を休もうと     思っているんだけど……。 ヤス  え、何かあったの? ヨシ  ううん、その、私たち、     基本的に休みが合わないじゃない?     あんたは土日の休み、私は平日の休み。 ヤス  そうねぇ。 ヨシ  だから、私があんたに合わせて休み作るから、     ……どこか楽しいところ、連れて行ってよ。 ヤス  ……なるほど。お安い御用よ。     どんな所に行きたいか、     後でざっくり希望を聞かせてね。 ヨシ  わかったわ。     それじゃあ、お客さん、     今日はもう来ないから看板閉めて、     飲もうかしら。 ヤス  そうね、そうしましょ。 ヨシ  ゆっくり、飲んで楽しんでいってね。 ヨシM なんであんたと付き合っているかだって?     あのときはすぐに答えられなかったけど、     多分こうだと思う。     「あんたといると、      より自分らしくいられるから」     じゃないかなぁ。     あんたも、そうなんじゃないの? END 
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