明日からの雪のために

2/5
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 目を開けるとそこは、先ほどまで飲んでいた居酒屋で。私は突っ伏していたテーブルからゆっくり顔を上げた。  一緒に飲んでいた同僚三人のうち、二人はもう帰っていて、正面には先月入社したばかりの新人君、水原がただ一人、所在なく座って、枝豆を食べていた。 「ごめん――」  恥ずかしさと申し訳なさの混ざった言葉は、さっきまで見ていた夢と同じになってしまった。 「いえ、全然」  水原はにっこりと首を振る。 「残業続きだったから、真木先輩疲れてたんですよ。僕はひとりでのんびり好きなもの食べてたんで、気にしないでください」  広告代理店に入社して十年目。大きな仕事が片付くと、こうやって同僚と飲むのが定番になっているのだが、やはり彼の言う通り、今日は疲れがたまっていたのだろう。 「他の二人は終電早いもんね。先に帰ってくれてよかった」  優しい同僚と後輩は、酎ハイを一杯半ほど飲んだだけで眠ってしまった私を、起こさずにおいてくれたらしい。どれくらいの時間、ここで眠っていたのだろうか。訊くのがちょっと怖かった。 「雪が本降りになりそうだから、早めに帰るそうです。真木先輩を頼むって言われて、快く引き受けました。僕は歩いて帰れますから」 「ほんと、ごめん。……って、さっきの小雨、雪になったの?」 「はい。外は雪です。雪の予報は明日だったのに」  私の中に、再びあの白い世界がひんやりと浮かび上がった。  夢なのに、幼いあの日の罪悪感は鮮烈で、今も、この胸の中を冷やしている。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!