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この話、長くなるのだろうか。面倒臭いな、と思いつつ、とりあえず「へぇ」とだけ返す。
「お婆ちゃんが小さい頃植えた梅干しの種がね、あんなに大きくなったのよ」
「へぇ……?」
え、何それ。梅干しの種って生きてるの?
「昔の、ご近所さんの手作りの梅干しだから、ちゃんと漬かってなかったんでしょうね」
「ふうん」
「芽が出たときは嬉しかったわ」
「うん」
「こんな、ごちゃごちゃした庭だからね、誰も気づかなかったの。お婆ちゃんのお父ちゃんが気づいたときにはもう、手では抜けない大きさまで育っていたんで、怒られずに済んだわ」
「そう」
「……今日でお別れね」
お婆ちゃんの視線は、梅の木の方を向いていた。
「子どもの頃からずうっと見てきたのにねぇ……お婆ちゃん毎年、花が咲いて実がなるのを楽しみにしていたんだけど」
うちは一軒家だけど庭らしい庭がないから、この梅の木も他の木々も、この家に置いていかざるを得ない。今後この家がどうなるのか、私はよく知らない。土地と一緒に売られるのだろうか。そうなったら、新しい持ち主の希望によっては、この梅の木も他の木々も、引っこ抜かれたり伐採されたりしてしまうのだろうか。
「しょうがないのよね。お婆ちゃんだってもう、きっとそんなに長くないからね。そろそろ潮時なのよ、いろいろと」
「そんな……」
冗談めかして言われても困る。「変なこと言わないで」とも「確かに」とも返せない。
「……どうか、お元気で」
おもむろにそう呟いて、お婆ちゃんは私に「行きましょう」と声をかけた。
これが別れ……? そんな質素な別れでいいのだろうか。
「どうしたの?」
じっと立ち尽くす私の方を、お婆ちゃんが振り返る。
「何かあったの?」
「もう少し近くで……触ったりとか、してきたら?」
「え?」
「最後……かも、しれないんでしょ? 」
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