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肥後
死にたがり
あーあ、また死ねなかったなあ……。
「おえッ………うぅ……」
不味い、不味い、不味い! 吐き気が止まらない。大量に飲んだ睡眠薬が、胃液と共に押し戻される。昼間のはずなのに視界は真っ暗で、時折白い光がチカチカと光る。今オレ何を見てんだろ。
ひとしきり吐いたあと、雑に口許を拭ってよろよろと歩き出す。道ゆく人々は、ぶつかりながら歩くオレに軽蔑の目を向ける。その視線に心地よさを感じながら、オレは頭の中でぐるぐると渦巻く欲求が抑えきれない。
新しい薬買っちゃおうかな。でもお金ないなあ。新しいナイフ買っちゃおうかな。でもお金ないや。新しいロープ買っちゃおうかな。あ、お金ないんだった。
そうしてそのままふらふらと歩いて、気づけば町外れの橋の上にいた。オレ以外には誰もいない、さみしい静かな橋。カラスが一羽だけ停まっていた。橋の欄干に登って、川を見下ろす。雨が降ったばかりで川の流れは早く、茶色く濁っている。一歩を踏み出せば、きっと氷のような冷たさがオレを焼いてくれる。
「…………あはは」
想像して、気持ちが良くなって、ひとりで笑みを浮かべる。試しに片足を宙に浮かせてみると、サイズの合っていなかった下駄がずり落ちて濁流に呑まれていった。
「あははっ」
おもしろい! 無意識のうちに鼻歌を歌っていた。ごうごうと荒れ狂う川の流れに吸い込まれていくように、ゆっくり身を乗り出す。
不意に、視線を感じて振り返る。でも誰もいなかった。
「誰か一緒に死んでくれないかなあ。そしたらもっと楽しいのになあ」
ひとりで死ぬのも楽しいけど、ふたりならもっと楽しいんじゃない?
ひとりきりで死ぬより、ふたりで死んだら気持ちいいんじゃない?
楽しいことはいっぱいしたい。苦しいより楽しい方がいいに決まってる!
「ねえキミ、オレの手を握っていてくれない?」
誰もいないので、返事はなかった。
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