氷上のプロメテウス

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氷上のプロメテウス

 棘のような雪の結晶が氷上を覆い尽くしていた。スキー板を動かす度に霜柱を崩すようなさくさくとした音が足に響く。ストックは重く、ソリのロープは腰に食い込み、吐いた息が蒸気となって体の横を流れていく。地平線の彼方にあるのは荒涼とした雪原と氷の山々。照り返しが眩しくて、前島洋治はゴーグルの奥で目を細めた。 「あと半分だ」  前を行くジョージはそう言って前島を振り返った。カリブーの毛皮で作ったアノラック、背中に背負ったライフル、ゴーグルからはみ出した皮膚は日焼けして赤い。 「半分もあるのか」  前島は立ち止まり息を整える。朝から歩いて三キロ余り、クラックや乱氷帯のせいで中々距離を稼げなかった。  気温はマイナス三十度。日向はまだ温かいが、それでも睫毛が凍り、鼻の穴が凍り、息を吸う度に肺の奥が痛くなる。少しでも足を動かしていないと、体ごと凍ってしまうような寒さだった。 「ヨージ、少し休むか?」前島の体調を気にしてか、ジョージはそう言った。「コーヒーを淹れる」  前島は帽子に付いた霜を払い、脱力するように座り込んだ。前方にあるのは魚眼レンズのような丸い地平線と、折り重なった大気の地層。北極点まであと四十八キロ。何処までも続く雪と氷の向こうに、世界の果てが待っていた。
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