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ジョージは氷の上に簡易コンロを設置した。クッカーに雪を詰め、湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れる。砂糖は三杯、息をするだけでもエネルギーを消耗する北極では、多くのカロリーを摂取しなければいけなかった。
「飲め」
ジョージはそう言って、マグを前島に手渡した。
「ありがとう」
コーヒーの芳しい匂い、蒸気の温かさが鼻の奥に突き抜ける。
ノルウェー領のロングイールビュエンから空路を渡り、北極点から百キロ手前で前島の北極点徒歩横断は始まった。食料や生活品を乗せたソリを引きながら、一日十キロペースで陸路を行く。十日目には北極点に辿り着く計算だった。一年の準備期間、半年に亘る訓練、愛読書は三十年前に発行された北極探検家の著作。スタートから六日目、旅は順調に進んでいた。
「折角、北極に来たのに」と前島は言った。胃が温まり、指先にも熱が戻ってくるようだった。「オーロラが見れないのは残念だな」
「夏の段階だからな」とジョージは言った。北極諸島に生まれた日系三世のジョージ・ムツダは言葉は流暢だが時折、変な日本語を使った。普段は猟師をしているが、求めに応じて北極ガイドを務める事もあった。「冬にまた来ると良い。オーロラは美しい。サクジも喜んでいた」
「そうか」と前島は言った。
前島作治。前島の父親は世界を旅する探検家だった。エベレスト登頂やサハラ砂漠の横断、常に未知の何かに挑戦していた。十年前、北極点の単独徒歩到達に挑戦し、消息を絶った。三日後、氷の割れ目に父の遺体が発見された。事故の一報が入った時、前島は二十二歳だった。
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