4章

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4章

 朝、目が覚めてぼくは、彼の元へ帰ることにした。ぼくの気持ちをきちんと話さないといけないと思ったからだ。昨日は、彼に突然言われてびっくりしてしまったんだ。一晩経って冷静になって、気持ちも整理できたし、ちゃんと言うんだ。ぼくは今幸せだから、これからも一緒にいたい、って。  そして長い道のりを戻って、彼と過ごしていた町に戻った。昨日、彼と言い合ってしまったいつもの拠点まで歩く。  すると、大きな黒いかたまりが、地面に横たわっていた。 「えっ……?」  それは彼の体だった。ぼくは駆け寄って、小さな足でゆすってみた。でも、反応はない。  彼は動かなくなっていた。それがどういうことなのか、彼ほど物知りじゃないぼくでもわかった。 「なんで? なんで……」  ぼくはその場に座り込んだ。目の前の大きな体を見つめる。  ごめんなさいも言えなかった。ありがとうも言えなかった。一緒にいたいとも、言えなかった。  彼はどんな気持ちで、死んでしまったんだろう? 最後の最後に、喧嘩しちゃうようなぼくでごめんなさい。言うことを聞けないぼくでごめんなさい。  一緒にいたいって、あんなに思ってたくせに、肝心なときに一緒にいないじゃないか。  ぼくは初めて泣いた。彼に出会う前、どんなに人間にぶたれても、どんなに一人で寂しくても、泣いたことはなかったのに。  ぼくは彼の足を持ち上げて、彼の腕の中に入り込んだ。ほら、またいつもみたいに、お話を聞かせてよ。いいか、って言って、いろんなことを教えてよ。  でも、いつもあたたかかった彼の体は、冷たくて、重かった。  ぼくは、どうしたらいいのかわからなくなって、しばらく彼の体の隣に座り込んでいた。そしたらお腹がぐぅと鳴った。昨日の夜からあんなに走ったのに、朝から何も食べていなかったから、お腹が空いていた。ぼくはとぼとぼと、男の子の家に向かった。 「どうしたの! 今日は遅かったね」  男の子はいつものようにお皿にご飯を出してくれた。そしてぼくが食べ終わる頃にまた、彼の分のご飯も出してくれた。  ありがとう。でも今日はもう、それは要らないんだ。帰っても彼はいないから。  ぼくが彼の分のご飯をじっと見つめたまま口に咥えないのを見て、男の子は不思議そうな顔をした。 「あれ。今日は要らないのかな……」 「みゃあ」 「なに? ついてきてってこと?」  ぼくは彼の元へ少しずつ歩きながらたまに振り返って、男の子をぼくたちの拠点まで案内した。倒れたままの彼の体を、ちゃんと眠らせてあげたかった。ぼく一人では運ぶことすらできないけれど、男の子なら手伝ってくれると思った。 「そうか……君が持って帰ってたご飯は、この子の分だったんだね」  彼のところに到着すると、男の子はしゃがんで寂しそうに彼の体を撫でながら言った。男の子と並ぶと、大きな彼の体もいつもより小さく見えた。  そのあと男の子が親を呼んでくれて、彼の体を土に埋めて、お墓を作ってくれた。 「君はどうするの? 家族はこの子だけ?」 「みゃあ」 「……一緒に来る?」    ぼくは差し出された男の子の手に頭を擦り付けた。 「そうか、じゃあ一緒においで」  それからぼくは、男の子の家で暮らすことになった。久しぶりに過ごす人間の家は、あったかかった。    何かぼくにできることはないか。そう考えて、町中で捨てられた動物や逃げ出してきた動物を見つけたときは、男の子やお父さん、お母さんに知らせることにした。お父さんもお母さんも男の子と同じように優しくて、飼える人間を探してくれた。  ぼく一人では何もできないけど、人間がなんとかしてくれる。ぼくは信頼できる人間を見つけたんだ。   (ねえ、あんたは、見てくれてるかな? ぼくは幸せだよ。今も、あんたといたときも)  彼のように大きくはなれないけれども、彼の大きな足跡を、ぼくは忘れない。
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