2章

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2章

 そうして彼とぼくの生活は始まった。彼は見た目の通り、ぼくよりずっと強かった。だから他の野良犬に襲われそうになっても彼が助けてくれた。でも、代わりにぼくは彼よりすばしっこいので、商店街のお店から人間の食べ物をこっそり奪ってくる担当だった。 「やはり猫は走るのが速いな」 「そうでしょ」  彼に褒められて、ぼくは得意げに胸を張った。 「いいか、この飯も本当は人間のものだ。感謝しないといけない」 「わかってるよ。いただきます」  そう言って二人でご飯にかぶりつく。  彼は「いいか」と始めて、父親のようにいろんなことを教えてくれた。特に、 「いいか、私たちはたまたま嫌な飼い主だったが、我々を大事にしてくれる人間だっている。犬や猫に、良い犬と悪い犬、良い猫と悪い猫がいるように、人間もそうだ。それだけは忘れるな」  と、彼はよく口癖のようにそう言った。その度にぼくは、「わかってるよ」と返した。  彼との日々はとても楽しかった。毎日、ご飯を確保するのは大変だし、外は寒いけれども、彼といるととてもあたたかく感じられた。そして彼は物知りで、いろんなことを教えてくれた。犬のこと、人間のこと、星空のこと、森の木々のこと。夜寝る前には、彼の低い声でお話を聞かせてくれた。ぼくは彼の大きい体にくるまれて、お話を聞きながら丸まって眠るのが好きだった。  そんなある日、ぼくは出会った。とある人間の男の子に。    ご飯を取ってくるのにももう慣れたから、ぼくは一人でご飯を探しに行っていた。その間彼は、ほかにも人間から逃げてきた動物や人間に捨てられた動物がいないか、探してくれていた。でもその日は人間の食べ物がうまく取れなくて、お店の人間に捕まえられ、追い返された日だった。お腹はもうペコペコで、彼になんて言おうかと、ぐるぐる考えながら歩いていると、男の子がぼくのことをじっと見てきた。 「みゃあ」  男の子はぼくと目が合うと、足を揃えてしゃがみ、丁寧にその小さい両膝に両手を乗せて、ぼくにそう話しかけた。どうやら、ぼくの声を真似しているつもりらしい。慌てて木陰に隠れたが、そろりそろりと近付いて覗き込んでくる。 「ちょっと待ってて。……お母さん! 猫がいるの。お腹すいてるみたい。ご飯ない?」  男の子は家に向かって叫んだ。どうやら男の子の家らしい。 「猫ー? 魚ならあるけど……魚は食べるのかしら? アニメの中だけの話かしら」 「ありがとう! ちょうだい! ほら、怖くないよ」  男の子はそう言って、お母さんから魚を受け取ると、ぼくの前に手を出した。匂いを嗅いで、ちょっと食べてみたけどあんまりおいしくなくて、ぺっと吐き出した。 「あれ。魚、食べないみたい」  そのあとも、あれこれとご飯を差し出してくれた。四回目に出してくれたものがおいしかったので、ぼくはぺろりと食べて、同じものをねだると、口に咥えてぴゅんと走り去った。よかった、彼にもご飯を渡せる。 「あっ! ……行っちゃった」  一度振り返ってみると、男の子が名残惜しそうにずっとぼくのことを見ていた。  翌日もぼくはその家の前に行ってみた。今度は、わざわざ猫用のご飯を買っておいてくれたようで、綺麗にお皿に入れてくれた。おいしくてすっかりぺろりと食べてしまった。  でも、彼の分はどうしよう。これはおいしいけれども、細々としていて持って帰れない。そう思って、みゃあみゃあと鳴いて訴えてみると、昨日四回目にくれた食べ物も出してくれた。ぼくはそれを口に咥えて、彼の元へ帰った。  そんな日々が続くこと、数日。相変わらず男の子にじっと見つめられながらお皿のご飯を食べていると、ふいに男の子がこう言った。 「ねえ、うちにおいで。一緒に暮らそうよ」  ぼくはびっくりしてご飯のお皿をひっくり返してしまった。 「捨て猫……なんだよね? 首輪ついてるけど……毎日来るもんね。よかったら、おいで?」  男の子の気持ちはありがたかったけど、でも、ぼくには彼がいるんだ。たしかにあったかい家庭には、憧れる、けど…… 「……」  戸惑いがいっぱいで、食べるのもやめてじっと黙って見つめていると、察してくれたのか男の子が笑顔で付け加えた。 「今すぐ決めなくてもいいよ! また明日、食べにおいで」  そしてその日もぼくは、彼の分のご飯を咥えて帰った。
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