“言の鎖”

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「わしに捧げよ、さすれば与えよう」 「な、なにを?」 「汝の願いを。汝の想いを。汝の行いを捧げよ」  優しく語りかける。ただ若さと美貌が惜しいだけではあるまい。己を捨てたいと思うだけの願望がこの女、クミホにはある。 「汝の願いを言うてみよ。今日までの人生をすべて無に帰しても叶えたいものがあるのではないのか? 汝の想いを言うてみよ。鬱屈とため込んできたものがあるのではないのか?」  クミホは焦り、狼狽え、悩み、迷い、おおよそ人生における今日までの苦悩をすべて圧縮したような顔で呻き、悶え、そして。 「復讐を」  吐き出した。 「虐めたすべてのやつらに、嘲笑った同級生に、幾度となく殴った親に、陰口を叩いた同僚に、飲み会で胸を触った上司に」  新たな憎悪が灯った瞳でわしを見据える。 「あなたが神だというのなら、私の願いを叶えられるのならなんでも捧げるわ」 「良きかな」  これは思わぬ拾い物であった。褒めてやるぞタカシ。  わしは戸籍関連の書類と通帳、印鑑を取り出して女の前に投げ寄越した。  名義は有田 梨花(ありた りか)。 「貴様を眷属と認めよう。過去をすべて捨てよ。仮初の経歴を与えるゆえ存分に使うがよい」  女は通帳を拾って残高を確認し、目を見張る。 「こ、こんな大金を……?」 「金などいくらでも用意できるでのう。まあ当面の資金と思っておけばよい」  憎悪に滾っておった女の目に欲が宿る。くはは、良き良き。程よく混ざり合ってわしを楽しませるがよいぞ。 「神様、あなたの名前は?」 「ふうむ、わしの名か?」  そういえばタカシは我が名を問うてこなんだな。 「私にあなた以外の神様は居ないことだし言いたくないなら神様でもいいけど」 「いや、良かろう」  髪に白髪を混ぜてくるりと巻き上げ、肌をたるませシワを刻み、赤い薄絹を黒く肌を覆う喪服へと変えてつば広の帽子を目深に被る。 「我が名は堕神ユーダルファ。ひとを貶め、弄び、堕落せしめる神である」  老婆へと変貌したわしは杖を片手に嗤う。 「しかし当面は貴様の母、有田 瑠花(ありた るか)と名乗ろう。まずはこれから母にたっぷりと思い出話を聞かせるがよいぞ。時間はいくらでもあるでのう」  さあ愚かしくも愛おしき人間よ、わが“言の鎖”にて存分に踊り狂うがよい。  上手く踊ってみせれば貴様の望みは思うがままぞ。 END
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