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彼を見たのは四年ぶりだった。
心臓が止まるかと思ったのは何も、そいつが今しがた出てきたラブホの前で男とキスをするのを目撃してしまったからではない。
あいつの性的指向は女も男も両方、というのは高校の頃に知っていたし、――なんなら当時、俺とあいつはセフレだった。
多くの人が行き交う夜の街で、視線が吸い寄せられるかのように彼を見つけた。
最後に見た時と印象が変わっているにも関わらず、そいつが柏崎京だと確信した。
やたら親密な隣の男に、はっきりと嫉妬と嫌悪感を抱いた。
四年が過ぎても俺は結局、微塵も吹っ切れていなかったということに気付いてしまった。
「京ちゃん」
京ちゃんは大袈裟なくらい肩を跳ねさせて、ゆっくりとこちらを振り返った。
完璧と言っても差し支えない、中性的で端正な顔立ちはしかし、随分と大人っぽくなった。
顔立ちだけには留まらず、出会った頃俺よりも5センチは低かった背丈は、今じゃこちらが見上げる程にまで伸びている。
小柄な美少年だった京ちゃんはそこにはいない。今の彼に初めて出会うなら多分、京ちゃん、なんて可愛い呼び方はしないと思う。
こんな夜の街じゃなかったら芸能人と間違われて女に囲まれていそうな、そんなオーラを纏った綺麗な男が目の前に立っていた。
長いまつ毛に縁取られた目が真っ直ぐこちらを捉え、困惑気味に瞳が揺れるのを俺は見逃さなかった。
まさかホテルの前で男と別れたその直後、高校の同級生に声を掛けられるだなんて思ってもみなかっただろう。
薄い唇が僅かに開く。
「…久しぶり」
「久しぶり、じゃないよ!なんで音信不通にしてるのさ!」
あんなにも仲が良かったのに、なんてのは俺の思い上がりだろうか。
高校卒業以来、SNSに疎かった京ちゃんとの連絡手段である電話番号は突如繋がらなくなり、ほとんど使わなかったメールアドレスも当然の如く存在しなくなっていた。もちろん同窓会にも一度も顔を出したことがない。
「相変わらずうるせぇな、あんた。…見たのか、さっきの」
「見たよ。…彼氏?」
「違ぇ、客だ」
「え、京ちゃんウリしてんの?」
「たまに、な。…あんたは元セフレのよしみで、タダにしてやるけど?」
さっきまでの動揺は嘘のように消え去って、京ちゃんは淫靡な笑みを浮かべて俺の方に手を伸ばした。冷たくて滑らかな京ちゃんの白い指が、俺の頬から首筋へゆっくりと這う。
思わずごくり、と喉を鳴らした。途端に鼓動が速くなるのを嫌というほど自覚する。
危うく流されそうになるのを済んでのところで自制し、京ちゃんの手首を掴んで引き離した。
「…四年ぶりだよ。俺、京ちゃんと話したいこと沢山あるんだ」
「俺はねぇな」
京ちゃんは興醒めしたかのようにふいっと目を逸らすと、突き放すようなことを言う。
「なら俺が一方的に話すわ。明日暇だよね?土曜だし」
「…ほんと変わんねぇな、あんた」
俺が手首を掴んだままぐいぐいと引っ張って大通りの方へ向かうのを、京ちゃんは呆れた様子ながらも拒絶することはなかった。
「どこ連れてく気?電車乗りたくないんだけど」
「まだ終電あんでしょうが。タクシーをご所望なわけ?」
「違ぇって、俺この辺に住んでんだよ」
「うそぉ!それどこだよ」
「あれ」
京ちゃんが指差した先には、立ち並ぶ高層ビルの中でも一際目立って大きい、一棟のタワーマンションがあった。
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