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高校時代、望月雪人は絵に描いたような美少年だった。背はすらりと高く色白で、美形という言葉は彼のために作られたのではないかと思うほどだった。頭もよく運動神経もいいが、決してそれを驕ることはなかった。儚げな外見とは裏腹に、活発で、人懐っこい性格をしており、男女共々彼を敬愛し、崇め、慕った。
そんな完璧人間の訃報は、彼を知る全ての人間に暗い影を落とした。彼の友人、家族、学生時代の恩師、そしておそらく、これから出会うことになるありとあらゆる人間も、喪失による悲愴感に胸を痛めていることだろう。雪人の死は、テレビの向こうで微笑むどんな人気スターよりも、この世界に満ちる空気を暗欝なものにした。それほど彼は人望が厚く、愛されていた。
私が死んだらどうなるだろう。
言葉を続ける安達をよそに、ぼんやりと結菜は考えた。誰か悲しんでくれる人はいるのだろうか。友人、家族、同僚……順に思い浮かべて、やめた。指折り数えようと広げた手は、役目を果たせず膝の上に落ちた。
「世の中不公平だよな。いい奴ほど早死にするって本当なんだな。まだ23だぜ」
安達は悔しげに顔を歪め、残りのコーヒーを勢いよく喉に流し込んだ。
「なんか暗い話でごめんな。わざわざ時間作って来てくれたのに……ってまあ、この話のために呼び出したんだけどさ」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
そのまま彼が席を立ったので、結菜も慌てて腰を浮かせた。コップにはまだ紅茶が半分以上も残っていた。上着を羽織り、鞄を手に取る頃には、安達はすでにレジの前にいた。財布を取り出そうとした結菜を手で制し、彼は気前よくふたり分の代金を支払った。
「すいません、ご馳走になってしまって」
「いいって。俺が無理に誘ったんだし」
外に出て空を見上げると、太陽は徐々に西へと傾き始めていた。まだまだ夏の余韻を引きずっている気温とは反対に、1日の長さは日に日に短くなっていく。あと1週間もすれば、道端の木々も真っ赤に燃えることだろう。
「水瀬は電車? 送ってくよ」
「いえ、大丈夫です。買い物に行かなきゃいけないし」
「そっか。じゃ、また今度飲みに行こうぜ」
「ふたりで、ですか?」
結菜の問い掛けに、安達は一瞬固まったが、やがて理解したようにああ、と言った。
「恋人、いるのか?」
「ええ……まあ」
結菜はぎこちなくうなずいた。別に隠していたわけではないが、改めて告げると少し気恥ずかしい。安達は「やるねぇ」と口元をにやつかせ、じろりと結菜を眺め渡した。その視線から逃げるように、結菜は体を縮めた。
「じゃあ適当に人数集めて、な。また話聞かせろよ」
「はい」
結菜が照れながら微笑むと、安達は満足げにうなずいた。じゃあな、と去っていく安達に、結菜も控えめに手を振った。その背中が風景に吸い込まれ、視界から消えたのを確認してから、素早く笑顔を引っ込めた。
普段使わない筋肉を使ったせいなのか、頬の辺りが少し痛んだ。愛想よくするということは、なんと疲れることだろう。自然と口から息が漏れる。疲労も同時に吐き出せたらいいのに。そう考えて、その発想の幼稚さを自嘲した。
左腕にはめた時計を見ると、針はちょうど午後5時を示していた。早く帰って、夕飯の支度をしなければ。冷蔵庫の中身を思い出しながら、結菜は駅へと歩き出した。
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