第1章 禁猟区

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 週末、ふたりで紅葉を見るため京都へと向かった。普段家にこもってばかりの雪人にとって、今回は久々の外出となる。太陽の光を浴びた雪人は、体が溶けちゃいそうだ、と冗談を言った。帽子を目深に被り、彼は無邪気に笑った。そんな彼を見て、結菜も目を細めた。よくよく考えてみると、休日にふたりで出掛けるのは初めてかもしれない。新幹線に乗ってしまえば、知り合いに出くわすこともない。 「綺麗だ」  赤々と燃える紅葉を目に焼き付けて、雪人はため息混じりに呟いた。うなずく代わりに、結菜は繋いだ手に力を込めた。  本当は、雪人を人目に晒したくはなかった。彼の美しさは人目に触れてはならない。雪人が自分以外の視界に入るたび、彼の美しさが拡散し、自分のものではなくなっていくような気がした。我が儘で傲慢な願いだと分かっていても、独占欲はとまらない。こんなにも誰かに執着することはなかった。こんなにも愛に飢えることはなかった。  結菜の不安とは反対に、東福寺の紅葉を前にして、雪人を気に留める人間はいなかった。若い女性からの視線が集まることは何度かあったが、声を掛けてくる者はいなかった。雪人の隣を歩ける自分を、誇らしくも感じた。 「久々の外出はどうだった?」  帰りの新幹線に乗る頃には、夜はもうすっかり更けていた。 「空気がおいしかったかな。あと、わりと寒かった。こないだまで暖かかったから油断してたよ」 「もうすぐ12月ですもんね」 「今年ももう終わりかぁ」  感慨深げに呟いて、雪人は窓の外に目をやった。人工的な光で輝く街が、残像となる間もなく駆け抜けていく。 「結菜はどう? 楽しかった?」 「ええ、すっごく」  結菜は力強く答えた。雪人と過ごす初めての秋。雪人と見る初めての紅葉。「初めて」を経験することがこんなにも楽しいなんて、昔の自分は知らなかった。モノクロの世界に色を着けてくれたのは雪人だ。雪人がいなかったら、きっと一生こんな感動を味わうことはなかっただろう。落ちていく枯れ葉を気にも留めず、冬を迎えていたことだろう。 「また来よう」  雪人は結菜の手を優しく握った。 「ふたりで。……ふたりだけで」 「……うん」  ――刻むんだ。今日という日を。  心の中で、呪文のように繰り返す。今を永遠にする魔法を。  頭に、体に、心臓に。そうすればきっと、それは永遠に変わるから。  ふたりぼっちの日々を永遠にする。あなたの時間を私のものに。私の時間をあなたのものに。それがふたりの、ふたりぼっち計画。誰にも邪魔はさせない。
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