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中身もジューシーでした
私がシシリア・グロスロードとなり、早や3年。
心配していた領地経営も、ロイ様が教えて下さったので何とか代理人が務まるレベルまでの知識が詰め込まれ、これまで全部ロイ様があれやこれやしていたのだなあと思うと、こんなに忙しいのに陰口叩かれたり嫌みが追加されたらそりゃストレスも溜まるよね、と同情する程の仕事量だった。
「シシリアのお陰で私はとても楽になってしまって、このお礼はどうすればいいんだろう。
何か欲しい物はあるかいシシリア?」
「嬉しいですわ。……でしたら最新式のフードプロセッサーをお願いしてもよろしいでしょうか?」
大事に使っていた1号がとうとう駄目になってしまったので申し訳ないと思いつつお願いすると、ロイ様は私を見つめて深い溜め息をついた。
「もっとこう、ドレスとか装飾品とか、そういう物は欲しくないのかい? 女性というのは好きだろう?」
「……私はドレスとか貴金属みたいなものは余り興味がないのはご存知ではありませんか。
一番欲しかった良き夫も家族も既に手に入れておりますから、既に頂きすぎなのです」
ロイ様は私に無駄に贅沢をさせようとするが、別に必要最低限の物があれば困らないものねえ。
夫婦揃って家にいる方が好きだから余り派手なパーティーとかも参加しないし。
ロイ様は私の頬にキスをして、
「私の妻は、いつまでも可愛いね。可愛いが過ぎるよ」
と抱き締めてくれたが、正直これもご褒美みたいなものである。
ロイ様は結婚してから5キロ体重が戻ってしまい、若干お腹がぷにぷにしたが、「これは幸せ太りだからね! 本当だからね!」と必死に鍛えて戻そうとしている。まあ5キロ程度なら見た目にもさほど変化はないし、体調も絶好調らしいので多目に見ようと思っている。
パティスリーシシリアの方も好調で、今度新しく町の反対側に支店が出来る事になった。そちらはイライザが店長を務める事になっている。
忙しくなってきて私では手が回らなくなってきた2年程前に、メイドの仕事を止めて専業になってくれた。
イライザは物覚えがいいので、私のケーキのレシピも殆ど作れるようになった。
「大根を甘く煮てリンゴみたいにして使うのはどうでしょうかね?」
などと新たなレシピも提案してくる。頼もしい相棒だ。ちょこちょこ手助けに来てくれたボブが、自分も参加したいと言い出して、ヘイデン伯爵の許可も得たからと屋敷にやって来たので、有り難く本店の手伝いをお願いすることにした。バイトの女の子も2人新しく雇ったが、うちのケーキをずっと食べていたと言うスイーツ好きな真面目な子たちで、割引でケーキが買えるのが家族も喜んでいるのだとか。
普段は私も週に3日4日は行っていたのだが、侯爵領の仕事もあるし、今はちょっと体の問題でロイ様の許可が降りにくくなってしまった。
3年目にしてようやく子供を授かったのである。
現在5ヶ月。お医者様も安定期に入ったと言うし、余り体を動かさないのもよろしくないと言われているのに、屋敷でもちょっと衣服の入れ替えをしようと整理しているだけで「私がやる」と真っ青になって飛んで来る始末である。過保護にも程がある。
でも、グロスロード家の、いや私たちの家族を増やしたい気持ちはあるので、大人しくして何人も生んであげられたらいいなと思っている。
マリリンたちシニアメイド隊も、使用人であった私が妻になる事に一切反対する事なく、子供が生まれると分かってからは、また一段と元気に働いている。まだ10年20年は頑張りたいと言っていたが、元気な間は働いて欲しいものだ。
幸いな事に、ハーマンの一人息子のハリーも19歳になり、グロスロード家で父親の下でコックの修行中。
エレンは結婚して辞めてしまったが、新たに若いメイドが入って来てくれたので、屋敷の使用人の平均年齢は大分若返った。
ロイ様に相談して、引退後も身寄りがない人は家で面倒をみたいと伝えたら、元からそのつもりだと言う。
私の旦那様は、中身も良くできた御方である。
「シシリアー! 父様ー!」
庭でロイ様とお茶を飲んでいると、サラが乗馬服で現れた。運動するのが好きになって来て、色々と手を出していたサラだが、今は乗馬に夢中である。
来月15歳になるサラは、女性らしい体つきになって、美少女から美女への仲間入りもすぐそこだ。
身長はそろそろ私を追い越してしまいそう。
16歳になって社交界デビューしたら引く手あまたな事は間違いない。
「私もお茶が欲しいわ。マーガレット、お茶をお願い」
近くにいた新入りのマーガレットに告げると、私のお腹を見て、ようやく弟か妹が出来るのねえと呟いた。
「何だか一気に年を取る気がするわね」
テーブルのナッツ入りのチョコレートを1つぱくりと口に入れた。
「是非可愛がってちょうだい、お・ね・え・さ・ま」
「勿論よ。女の子だったらシシリアのように太らないように気をつけて、太ったとなれば私のように木にゴムで縛りつけてほふく前進してもらえばいいんでしょう?」
「まあ。私がものすごく酷い人間みたいじゃないの!」
「やってたことは事実よ?……あと男の子だったら、そうねえ、森を探検して、毒虫とそうでない虫の見分け方とか、いい女性の見つけ方とか教えるわ」
3つ目のチョコレートに伸ばした手をガシッ、と掴まえ、ぐ、ぐ、ぐ、とチョコレートから手を離す。
「何しれっと3つも食べようとしてるのかしら」
「あ、バレた? もう、目ざといんだからシシリアは」
サラは笑ってティーカップを持ち紅茶を飲む。
「……ところで、もうそろそろ良いんじゃないかと思うのよね私」
「……何が?」
「ほら、おじ様も大分前から父様って呼んでるし、もうシシリアも子供が生まれるんだから、母様になるじゃない? もう母様と呼んでも良いんじゃないかしら? 父様はどう思う?」
「私かい? うーん、シシリアの味方だからね私は。
まだ老け込む気がするかいシシリア?」
「……いえ、まあその、何と言うか……」
3年も前の戯言をよく覚えているわね。
「やっぱり、嫌?」
サラが少し悲しそうな顔をした。
「違うのよ。本当はいつでも良かったんだけど、強制するのも何だか可笑しいでしょう?
……それに、照れ臭いじゃないの今さら」
むしろ、早く呼んでくれたらいいなー、と思っていたのだけど、11しか変わらないし、ロイ様の亡くなったお姉様が本当の母親だものね。
7歳からの付き合いだ。私としてはとっくに年の離れた妹か娘のように思っていたのだけれど。
「……私だって照れ臭いのよ。でも、弟か妹が生まれる迄には自然に呼べるようになっておきたいじゃない」
恥ずかしげなサラは、7歳の時の子供のようだった。
私の天使は相変わらず可愛い。
「徐々にで構わないわ。私もロイ様って呼べるようになるまで暫くかかったもの」
ご主人様と呼び続けて4年以上。結婚しても数ヶ月はふとした拍子にご主人様と呼んでしまって、ロイ様に何度も説教されてしまった記憶が甦った。
「……そうね。徐々に練習して行きましょう。
それじゃ、父様と母様、ちょっと馬に乗って走ってくるわね!」
手を振ったサラは、元気よく厩舎へ向かって走っていった。
「──あれは照れてるねえかなり」
「そうですね……でも私も結構顔が熱いです」
パタパタと顔を手で仰いだ私は、空を見上げた。
雲1つない空は真っ青で、私がこんなに幸せになっていいのかと思う。
でも、これからサラも反抗期が来るかも知れないし、ロイ様だってほんのりジューシーでこれだけパーフェクトな旦那様だ。これから他の女性が言い寄ってきて、ふらりとしてしまう事がないとも限らない。
それでも、私はその時の自分が出来る限りの事をすればいいのだ、と前向きな気持ちになっていた。
私は私にこれからもエールを贈り続けて行こう。
ごーごーれつごーシシリアれつごー。
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