神様は理不尽

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神様は理不尽

「ひろくん、今夜はビーフシチューにするねー」   「楽しみだなあ~マッシュルーム沢山入れてね♪」   「分かった。いってらっしゃーい」        それが、夫との最後の会話になるなどと、誰が思うだろうか。      会社で胸を押さえて倒れ、そのまま病院に運ばれた夫は、心筋梗塞で2度と目を覚ます事はなかった。  まだたった31歳だったのに。      私は父親を早くに病気で亡くしたためか、男性に父のような大いなる安心感を求めていた。  体が大きいと包容力があって頼れるような気がして、好きになる男性はみんな大柄な男性ばかりだった。    アイドルやイケメン俳優など、私から見ればガリガリな男性を好きになる友達は多くて、いつも「なんであんなくまさんみたいな人がいいのよ」とからかわれたが、大きな触り心地のいい体つきをした人に対してとことん弱かった。    私が23の時に出会った会社の3つ上の先輩である裕之は、183センチで体重は90キロはあったと思う。  ラグビーをやっていたとかで、当時は太っているというよりがっしりした体つきだった。  153センチの小柄な私からしたら、見上げるほど大きかった。    付き合って3年で結婚した後からだろうか。  彼は2年でみるみる20キロ近く増えた。    理由は簡単だ。専業主婦になった私が裕之に美味しいご飯を食べさせるべく、料理学校に通ったり母から得意料理を習いまくったからである。    大好きな彼が美味しそうにご飯を食べてくれると、私はいつも幸せな気持ちになった。  たとえ1回の食事で3合のご飯が無くなる事があっても、   「美味しいからいつも食べ過ぎちゃうよう」    とポンポンお腹を叩いて笑う裕之に、美味しいご飯を食べさせてあげられたと嬉しくて仕方がなかった。  体もふわふわで気持ち良かった。  思いやりがあって、細かいことにこだわらないおおらかな性格に見た目がマッチして、私にとっては理想の夫だったのだ。      だが暫くすると母から、   「由香子。旦那さまの胃袋を掴むのはいいけれど、急に太ると体に悪いわよ。裕之さんの健康も考えて少しカロリーも控えるようにしなさい」    と言われて、そうだ、彼は私のそばでずっと元気でいて貰わないと、とカロリー計算もきちんとするようになって1ヶ月。    2キロも減ったよー、と喜んでいた裕之は、その翌週には帰らぬ人となった。  私の美味しいご飯を食べさせたいというエゴが彼の死を早めたのだ。      私は26で結婚し、28で未亡人になった。  愛する夫に知らず知らず死の階段を登らせてしまったのだ。    私はもう彼のいない世界で生きる意味が見当たらなかった。    だが、自殺をしたら地獄行きだと昔学校の先生が言っていた。それでは天国にいる夫のところへはいけない。  あくまでも私の死も不慮の事故でなければならない。  ただ彼の死の原因が私である以上、同じところにはいけない確率も高いのだけど、僅かな可能性は捨てたくなかった。      だが、死ぬ気満々でいる人間のところには通り魔も酔っ払い運転の車も寄り付かないようだ。  危ない目に遭う事は1度もなかった。  半年経っても母に無理矢理食べさせられる食事で体は健康体。病気になりそうな気配もない。     (むしろまた働き始めて出歩く機会を増やした方が良いのかも知れない)      近所への買い物程度で簡単に事件や事故に遭えると思っていた自分が間違っていた。    私は就職情報誌を眺め、熱心に面接に通い出した。  母は私がまた生きる気力が出て来たのだと喜んでいたけれど、死ぬチャンスを増やすためだったとは夢にも思わなかっただろう。      そして、家から電車で30分、都心に近い駅から徒歩10分の自営で内装業をしている会社の事務で採用された。    そこはまだ40にもなってない若い倉田さんという社長と、60前後のベテランが2人いるだけのこじんまりしたアットホームな会社で、とても働きやすかった。    倉田は奥さんが乳ガンで2年前に亡くなったそうで、6歳の娘と2人暮らしだった。  面接での私の話に他人事ではないものを感じたそうで、   「若くても死ぬ時は簡単に死ぬ事もあるんだよね」    などと私を慰めてくれた。    そこで2年働いても残業で帰りが遅くなっても、残念ながら私に死ぬチャンスは訪れなかった。    そしてその内に、倉田とその娘さんと遊びに出掛ける機会が増えるようになり、娘がやけに私になついた。  頭の撫で方が亡くなった母親に似ているという。   「ずっと一人で生きるより、一緒に生きてみないか?」    そんなプロポーズを受けたのは勤めて3年が経った頃だった。    私もその時には大分精神的に安定しており、夫が亡くなったのは自分だけのせいではないかも知れない、彼も彼で自制しなかった部分もある、という考えになって来て、積極的に死にたいと考える事は少なくなっていた。  これも倉田やその娘と一緒に過ごす機会が増えたからかも知れない。      再婚も真面目に考えて見てもいいかも知れない。      そんな考えもおぼろげながら形を作り出した頃、私が倉田の家でご飯を作るという話になって、みんなでスーパーに買い物に出かけた。  娘……佐奈ちゃんはご機嫌だった。   「ゆかおばさんは何をつくるの? さなはねえ、グラタンがすきなの!」   「そうなの? じゃあエビグラタンにしようか」   「ほんと? わーい!」    スキップしながら早く早くと促す佐奈は、全く前方を見ていなかった。   「危ないからちゃんと前を見て──」    注意しようとした時に、曲がり角から乗用車がかなりのスピードで走って来るのが見えた。  運転席にはスマホを持った女性。    何の躊躇もなく佐奈に駆け寄ると、倉田の方に突き飛ばした。  目を見開く倉田と佐奈が一瞬見えたが、私はそのまま乗用車にはねられ数メートル飛んでブロック塀にぶつかった。      ああこれは間違いなく死ぬな、と意識が遠のく中、倉田と佐奈がトラウマにならなければいいという気持ちと、死にたい時には死なせてくれなかった癖に、死にたくなくなってからは簡単に機会が訪れるものなのねえ、神様は意地悪だわ、と考えていた。            ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇         「……っ!」      私はガバッと起き上がった。  ──今見ていた光景は、経験がある。  シシリア・アークとして生を受ける前に。    何故日本人の私が外国人として生まれ変わったのか分からないが、あれは前世の記憶だ。   「ひろくん……倉田さん……佐奈ちゃん……お母さん……」    呟くと、涙がとめどなく溢れた。              
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