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1ヶ月後、出来たばかりの義足を使っての歩行訓練が始まった。
最初は病棟の廊下で松葉杖をつきながらだけど。
「バ、バランスを……とるのが……中々大変だな」
はぁはぁと息を切らし汗だくになりながら、尚も裕也は楽しそうに微笑んでみせた。
「少し休憩する?」
車椅子を近寄せてみるも、裕也はゆっくりと首を横に振る。
「いや、まだ少しはいける」
何なんだろうね、この強情っぱりは。
「まったく……知らないよ、転倒して『怪我』が増えても」
もう、呆れて溜め息しか出ない。
「そうまでして、早く『化石』に戻りたいわけ?」
我ながら嫌な言い方だとは思うが。
「そうさ。何しろ今回の発掘は『世紀の発見』になりそうな予感がするからな」
全然堪えていないのか、に……っと、眼を細める。
「何を言ってんのよ。『それ』、毎回言ってるじゃない。『今度のは凄い予感がする』って。もういい加減聞き飽きたんだけど」
そうやって、何度放置されたか分かんない。
「いや、今回は違う……そういう『匂い』がするのさ。『早く俺を見つけてくれ』っていう声が聴こえるんだよ。地面の奥からね」
やれやれ……やはり頭を打ってるかもね。幻聴が聴こえるとは。
「今オレが発掘してるのは、『K-Pg境界線』と言ってな……6600万年前に、巨大な隕石が落ちて恐竜が絶滅した時代の地層なんだ」
じわり、と震える義足の右足を前に出す。
「地球上の生物の、実に75%が死滅したと言われる時期のもので……。その境界線を境に、それまであった化石が一気に無くなるんだよ」
知らないわよ、そんな大昔の恐竜なんて。私の生活に何の関係もないしさ。今ここにいる裕也の方が、私には大事。
「そもそも……『化石』ってのは発見される事自体がレアなんだ。死んだ生物は捕食者に食われたり、小動物や微生物に分解されるのが普通だしな。地中深くに埋もれれば発見のしようもないし、地震があれば細かく砕ける……だから『発見』は奇跡に近い」
よたよたと、震える杖に足の動きを合わせる。何とも頼りない『一歩』。
「まして『足跡』は尚更だ。地面が固ければ跡は残らず、他に上から踏まれれば消え去ってしまう……するとそいつは『いなかったも同然』になっちまうだろ?」
流石に腕の力が限界だったか、足の運びが止まった。
「だけど、『いた』んだ。そこに、足跡をつけた『何か』が! 6600万年という時間を超えて、確かにそこにいた筈なんだ。い、隕石が落ちたメキシコ湾は北海道の裏側だからな……影響は、最も小さかった筈なんだ」
そうっと、私の差し出す車椅子に乗り移る。
「……だから『見つけてやりたい』んだよ。『お前は歴史に埋もれて消え去ったりしていない』って。『お前が生きた証が、こうして日の目を見てるぞ』……てね」
そして、その一週間後。
十勝の発掘現場で、祐也とは別のチームが例のK-Pg境界線とやらの『少し上』で『小型の獣脚類の足跡』を見つけたというニュースが飛び込んで来た。
隕石の衝突による大災害を、一部の恐竜が生き延びたという大きな証拠となるのだそうだ。
それは『古生物史に名前の残る発見』らしい。
発見者の嬉しそうな顔と名前がスマホの画面に表示されている。いつもはアテにならない祐也の『予感』は、サイアクの形で的中したわけだ。
「……名古屋の病院に移るか。お前の言う通りにさ」
スマホをベッド脇に放り投げ、祐也が静かに眼を閉じた。彼の予感センサーは、これ以上は何も出ないと判断したらしい。
「今度はコロラドでも目指すかな……」
『足さえまともに動いてくれたのであれば』。
それがどれだけ辛くて無念だったのか、その震える肩によく現れてるよ。
きっと、顔に被せたタオルは悔し涙を隠すためのものなんだろうね。
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