いつか誰かが

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 怪我から2ヶ月後、やっと名古屋への転院が決まった。これで私も今よりは病院へ顔を出しやすくなるだろう。  明日の朝に退院の手続きをして、そのまま空港へ行く手筈。裕也は一人っ子で両親を早くに亡くしているから、およそ『身内』と呼べる人間は私しかいない。  裕也も、だいぶ義足での歩行に慣れてきたようだ。当人いわく「せめてトイレくらいは一人で行けるようにならないと、迷惑が掛かるから頑張った」そうだが。  それでも普通に歩けるようになるまでは、まだ暫く時間が掛かる事だろう。 「……この病院も、明日でお別れか。随分と世話になったけどな」  私と一緒に歩行訓練をする中庭で、裕也が感慨深そうに白い病棟を見上げる。 「ここさぁ、病院食が旨いんだよ。それが有り難いんだよな。名古屋に戻ってからも、飯のいい病院だといいんだけれど」 「どうなんだろ? 今は昔と違ってだいぶよくなったって聞くけどね。それに裕也は食事制限とかないし。もしも足りなかったら、私が外から持ってきてあげるよ」  ……『お前が生きた証が、こうして日の目を見てるぞ』か。  思い返せば裕也の『化石に寄せる想い』を真面目に聞いた記憶なんてなかったと思う。『馬鹿々しい夢のたわごと』と、最初から切り捨てていたしね。 「そうか、んじゃ是非とも頼む。とりあえず『碌々屋の鯛焼き』が恋しいんだ。あの、甘ったるいアンコがどうにもオレを呼ぶんだよ」  でも、今となったら少しだけは裕也の気持ちが分かる気がする。アンタはきっと、この世界の歴史に足跡(そくせき)を残したいんだ。自分という人間がこの世界に生きていたという確かな証を。地球の歴史に比べてあまりに儚い自分の人生の記録を。  そのために『新発見』が欲しかったんだよね。  最初は『両足を失ったというのに、何でそんなに素早く切り替えが出来るんだ』と不思議に思ってたけど、そうじゃないんだ。  一刻も早く、アンタはあの発掘現場に戻りたかったんだよね。そのために、心を鬼にして切り替えるしかなかった。そうなんでしょ? 「済まない、あそこに植えてある銀杏の下を歩きたいんだ。方向転換を手伝ってくれ……」  裕也の言う通り、銀杏が並んで植わっている足元へとやってくる。 「どうかしたの?」 「ほら、現代って恐竜の時代と違って地面はアスファルトかコンクリだろ? 人間の足跡って残らないんだ。でもここなら土が露出してるし、結構柔らかいからさ」  そう言って、義足の足で土を踏みしめる。確かめるように、一歩……また一歩。柔らかい地面に25.5センチの足跡と、その横に松葉杖の丸い跡が点々と残る。 「これでいい。ここなら陰になるから、簡単には踏まれたりしない筈だ」  満足そうに、裕也が大きく頷く。  自分の死んだ後、何十年も、何百年も、或いは『何千万年先』にも残したい。そういう、壮大な夢の『足跡』。 「北海道は本州に比べて古い地層が露出しやすいからな……化石が発見されやすいのは、それも理由のひとつなんだ。だから、名古屋に戻る前にと思ってさ」 馬鹿だよねぇ、まったく。『そんな足跡』が何千万年先にまで残るとでも?  けど、そんな馬鹿と付き合っている私も大概の馬鹿だよね。だから、ここはアンタの馬鹿に付き合うことにしよう。 もしもいつか後世の化石ハンターがこの足跡を見つけたのなら、きっと首を傾げるに違いない。『この靴跡の横にある丸い跡は何だろう?』って。それは唯一にして無二の『裕也の足跡』。彼がこの世に生きていたという確かな証。そして……。 「……いつか発見されるといいね。その時代の化石ハンターにさ」  そう言いながら、私はその足跡の横を自分の靴で強く踏みしめる。    地面にくっきりと刻まれたその足跡は、私という人間が裕也の横にいたという『確かな証』なんだ。 完
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