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目の前で、凛々しく佇む穂高が振り返り、とろけるような笑顔を浮かべた瞬間。
あ、これは夢だ、と直感的にわかった。
この笑顔は晶さんへ向けられるはずのもので、雪が独占できるものではないから。
胸に痛みを覚えながら、じっとその場に雪は止まる。けれど、優しく手招きをされ、思わず足を、一歩、また一歩と、進めてしまった。
穂高の目の前に立つと、そのままぎゅっと抱きしめられる。力強い腕の中で、心の奥から暖かい感情が溢れてくる。
雪が抱き返すと、穂高はさらに力を込めて雪を腕に抱いた。心臓が鼓動するたび、その暖かい感情が全身に沁み渡る。
抱きしめられているだけなのに、かつて教えられた快感が這いより、雪の体を熱くした。
例えようのない安心感と、幸福。
耳元で、穂高の熱を帯びた息遣いがして、雪もつられるように呼吸が荒くなる。
全身が発熱しているように気だるく、けれど心地いい。
・・・このまま時間が止まればいいのに
半ば本気でそう思った。
ぬるりと舌が、首筋に這われる。熱い吐息がかかって、下半身がぞくりと疼いた。
・・・こうやって熱で体中をとかされたら、どれほど気持ちがいいんだろう
あまり多くを望むと、穂高の重荷になる気がして本人には言えないけれど。
・・・夢ならいいかな
雪を抱きしめる男の頭を撫で、耳元で囁いた。
”ねえ、もっと触って。舐めて”
穂高の腕に、痛いくらいの力が入る。他の音なんて何も聞こえなくなるくらい、穂高の息遣いで頭がいっぱいにされる。
・・・ああ、幸せだ
自分を包み込むこの熱が、とても愛しい。雪の目から雫がこぼれた。
胸いっぱいの想いを噛み締めながら、雪はゆっくりと目を閉じる。
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そこで、雪は目が覚めた。
見慣れない部屋。目の前には、ぐっすりと眠る灯吾。その奥のベッドで丸まっている礼人。
・・・そうだ、今は礼人の家に
夢の続きか、荒々しい吐息が雪の耳元で漏れ続けている。
・・・僕、まだ寝ぼけて
吐息に混じり、肌と肌がぶつかり合う音。その音に合わせて、自分の体が揺れている。覚醒していく頭。五感が徐々に取り戻されていく。吐息ととともに、ぬるりとした感触が耳の裏側に押し当てられた。
・・・え、夢、じゃない
全身に鳥肌がたつ。体が揺れるたび、内腿に差し込まれる硬い熱。荒い息。雪の腰に回された両手。肌のぶつかる破裂音。痺れ。尻の下側が擦られている。硬くて熱いもの。
声が出せなかった。振り向くこともできなかった。まるで他人事のように、真っ白になった頭で身動きも取れずにいた。
自分が今、誰に何をされているか、気づいているはずなのに、頭が理解を拒否している。
くぐもった声。ぬるぬると、太腿の間に繰り返し差し込まれる何か。自分の脚に、別の脚が絡みつき、きつく間を閉ざしている。
「あっ・・・ん、雪」
聞き覚えのある声が、聞き覚えのない甘さを伴って自分の名を呼ぶ。そっと下腹部を撫でる手。咄嗟に振り払いたい衝動をなんとか抑える。
・・・嘘、だろ。伊月
信じたくないのに、雪が目を覚ましてからも、行為はひっそりと続いた。
・・・何してんだ。お前
雪はそれから朝まで、一睡もすることができなかった。
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