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開けっ放しのドアからは外の冷え切った空気が流れ込んでくる。私は急いで外に出てドアを閉めた。
「せっかくエアコン入れてるのに。閉めてよ」
「ごめんゴメン」
全く悪くなさそうに、止めてある車に積もった雪で何かを作る彼が言う。
「何してるの」
「雪だるま」
「子供みたい! ……」
私は足元に目を落とす。彼の足跡が雪の上にくっきりついている。それはいつか見た光景だった。
「ううん、お父さんみたい」
私はそっと、彼の足跡の上に足を下ろす。
「ねえ、『父の背中は大きい』って、よく言うじゃない?」
彼の足跡にぴったり収まった自分の足を見ながら、私は呟く。
「うん? どうした」
「私の場合は足跡。昔さ、お父さんの足跡、おっきいなぁって思ったんだよ。私の足がすっぽり入ってさ」
父の顔が浮かぶ。一年ぶりの里帰り、また少し、老けただろうか。
あの雪の日から、私はよく父の足元を見るようになった。雪の日だけじゃない。雨の日だって、晴れの日だって、一緒に出掛けて足跡がついていたら、こっそり自分の足を重ねていた。そこには踏み固められた安心感があった。道を踏み外さないように、そして支えてくれるという安心感が。そうして父の足跡を辿るように、私も同じ職種についた。
今、私は彼の足跡に自分の足を重ねている。辿った先、仕事で出会った彼。その彼と、今日は実家に向かう。
彼を見て、父は何を言うだろう。いつものように『好きにしなさい』と言うだろうか。あるいはドラマのように『お前に娘はやらん!』とでも言うだろうか。
——でもね、お父さん、彼の足跡も、ほら、大きいんだよ。
「できた!」
気がつくと、彼が目の前に小さな雪だるまを差し出していた。目も鼻も口も手もない、真白な二段重ねの団子。
「玄関に飾っとこう」
「好きにして」
もう、と私は一つ大きな白い息を吐いてドアを開ける。続けて入ってきた彼は、足元にそっと雪だるまを置いた。
「今日さ、結婚の申し込みって言うか挨拶じゃん? 昨日から緊張して寝られなかったんだけど、雪のおかげでテンション上がったし、上手くいく気がするわ!」
「——そうね」
こんな雪の日は、父のテンションも上がっているに違いない。実家には父と母しかいないけど、一番乗りで足跡をつけて、母を呼んで、そして怒られている。
私はクスクス笑う。雪の日にはしゃぐ彼はお父さんとそっくり。
「きっと意気投合できるわよ。さ、早く朝ごはん食べて。スタッドレスだけど、スピード出せないんだから」
私は彼を急かすようにパンパンと手を叩いて部屋に戻った。
《了》
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