父の足跡

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 玄関のドアを開けると銀世界だった。 「うわー、お母さん、お父さん、雪! 雪めっちゃ積もってる!」  私はパジャマのまま靴を履いて外に出る。息が白い。 「こらあ、着替えてからにしなさい! 女の子でしょうが!」  お母さんの声が飛んでくるが、私は聞こえないふりをする。  三センチくらいだろうか、庭に積もったばかりの雪は真白で、軒先から続くアプローチにはメレンゲのように滑らかな雪がキラキラと輝いている。  踏み出すのがちょっともったいなくてためらっていると、後ろからお父さんがひょっこり顔を出した。 「おっ、すげぇ」  そう言って、ザクザクと無遠慮に足跡をつけ始めた。 「あーっ、せっかく綺麗だったのに!」  私は抗議の声をあげるがお父さんは意に介さない。 「一番乗り!」 「もー!」  私も踏み出そうとして、ふとこれ以上踏み荒らすのがもったいなくて、お父さんの足跡の上に自分の足を下ろす。 「大きい」  お父さんの足跡は大きくて、私の足はすっぽり収まった。  私はそのままお父さんのところまで歩いて行き、後ろから抱きつく。 「お父さん」 「お、何だ何だ」 「お父さんの足跡、大きいね」  首を回して、お父さんは玄関までの地面を見る。足跡は一つしかない。 「綺麗になぞってきたなあ」 「せっかくだからこのまま後ろ向きで戻る! お父さんもやってよ」  私は後ろと下を見ながら足跡を逆にたどる。お父さんはほう、と白い息を吐く。 「変なことが上手だな。よし……」 「お父さん頑張れ!」  先に玄関に着いた私は応援する。が、しかし。 「……っと、うわっ!」  と、何かに躓いて尻餅をついた。 「冷てえ、変なことしなきゃ良かった」 「大丈夫? お母さん、お父さんコケたー」 「ちょっと! お父さん、何やってるの」  台所からお母さんの怒鳴り声が聞こえて、私は大笑いした。  こんな日に雪が降るなんて。  私はエアコンの暖かい風に当たって着替えながら、窓の外を見る。向かいの住宅の屋根を見る限り、結構積もっていそうだ。 「……ん、おはよ……」  背後のベッドから、昨日泊まった彼の声がする。 「おはよう。早く着替えてね、雪降ってるから早めに出なくちゃ」 「雪!?」  彼はガバッと跳ね起きた。 「どれ——おお!」  窓の外を見た彼のテンションが上がる。 「外! 外行かなきゃ」 「なに子供みたいなこと言ってるの」  私は苦笑いしながらキッチンに立つ。夜の空気で冷えている食パンをトースターにセットし、フライパンをコンロにかける。 「ちょっと外見てくる!」  早くも着替え終わった彼が玄関で靴を履いている。ワイシャツを着て、ネクタイまでも着けている。 「汚さないでよ、その格好で出るんだから」  私はフライパンに卵を割り落とす。ジュッ、と音がする。 「おーい、来いよ、めっちゃキレイだから!」 「いま朝ごはん作ってるの!」  そう言いながら火を止めて、玄関に向かう。
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