束の間の箱庭

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「そんなこと、ないよ」 「そっか」 「うん。亜貴は? 本当は……、4人が良かった?」 「ううん。俺も……、梢と二人が良かった」 歩くたびに触れる右手に、控えめな熱が絡んだ。泣きたくなってしまう。 勇気づけるような亜貴の指先に、もう一度自分の汚さを知った。けれど、同じくらい幸福でもある。どうしてこんなにも息苦しいものなのか。 「へへ、じゃあ、二人で美味しいご飯食べて、のんびりしよう」 「いいね。そうだ。ベランダで線香花火でもやろうか。俺の部屋に去年のやつあるから」 「ええ? つくかなあ?」 「つかなかったら、買いに行こうか」 「ふふ、亜貴も花火大会、楽しみにしてたの?」 「うん。梢が好きだから」 ぎゅっと掴まれた指先から優しさがなだれ込んでくる。 大切にしてくれている。きっと何よりも優先してくれている。けれど、私が好きだから、そうしているわけじゃない。 そうだと思い込んだら最後、果てのない地獄で焼かれるだけだ。 「亜貴、かっこいいなあ」 呟いたら、亜貴は優しく目を細めてから「梢もかわいいよ」と呟いた。 ひっきりなしに落ちる雨は、苦しみに耐えきれない誰かの、かなしい涙みたいだ。 せき止められた感情が爆発するような速度に、勝手に泣きたくなってくる。 亜貴は優しい。いつも親切だ。まっすぐに私を見つめてくれている。私のことを大切にしている。でも、私と同じ気持ちじゃない。
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