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「お邪魔します」
「はい、どうぞ」
亜貴の部屋はいつも綺麗に片付けられている。
微かに香っているのは私の部屋にある芳香剤と同じ香りのくせに、亜貴が暮らしているというだけで、特別になる。
隠すように亜貴の匂いを吸って、体に取り込んだ。
「亜貴、濡れてる」
「うん、すぐ着替えるから大丈夫」
右肩がしとどに濡れていることに気付いて声をあげれば、気にした素振りのない声が返ってきた。
亜貴は無意識に人を大切にできる才能のある人だ。それが、私への特別な想いの上に成り立っているなんて思ってはいけない。誰にでもそうできる人なのだ。
胸の内で言い聞かせながら、慣れた足で室内に入り込んで、ワンルームの奥にあるテレビ台に飾られた写真を一瞥する。なんて眩しい笑顔だろう。
「梢、その写真本当に好きだね」
「みんな楽しそうだから」
事実、とても楽しかった。大学1年のころの写真の中で、私たち4人は今にも笑い声が飛び出してきそうなくらいに笑顔を見せつけている。まだ、こんなにも嘘で縺れ合って、どうしようもなく絡まってしまうようになる前のことだった。
「良い笑顔」
「亜貴もだよ」
大学一年の夏、私と総司、亜貴と朋美の4人で花火大会に行った。毎年恒例の行事で、もう何度も来ていると錯覚するくらいに楽しい時間だった。
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