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私のせいで、亜貴の心が踏みにじられるみたいで、事実を確認することがとても恐ろしい。
もういっそ、諦めてしまいたいんだよ。
「行っちゃったね」
苦笑して、亜貴がこちらに歩いてくる。グラス拭きが終わったらしい。私のほうはまだ食器が大量に残っているから手伝うつもりなのだろう。息を続けるだけで、かなしみでいっぱいになりそうな胸が、勝手にときめいている。
ばかだなあ。本当に。救われない心抱えて、私はどうするのだろう。
「亜貴、終わるの早い」
「量が少なめだったから。手伝うよ」
「うん、ありがとう」
当たり前のように横に立っている。キッチンに二人。
この時間はフードが出ないから、きっとあと少しでどちらもがホールに出ることになるだろう。
この仕事が終わってしまったら、今すぐにでも。
「さっきの、本気?」
「うん?」
陶器の水気を拭う亜貴の両腕は、しなやかな筋肉が隆起している。血管が浮かび上がっていて、触れたら無防備なまま、生命の音が聞こえてしまいそうだ。
私はその皮膚に、たまに、触れてしまいたくなるからおかしい。
「髪、総司と一緒にするって話」
亜貴の言葉で、指先の動きが止まりかけた。
ちらりと横を見れば、亜貴の瞳が私を見つめている。
私の言葉を待っているのか。
思っている間に、手に持っていたプレートを置いた亜貴の指先が、ひとまとめにしてサイドへ流している私の髪にやんわりと触れた。
「本当に染めちゃう?」
亜貴はずるいよ。
「……なんか、すごく罪悪感ある聞き方だよ?」
「あ、ごめんごめん。なんか、もったいなくて」
「もったいない?」
「俺の知ってるこずえが減っちゃいそうで、嫌なのかも」
亜貴は、ずるいね。
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