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『ついたと思う』
「うん、今下降りるね」
亜貴はしっかりと時間ぴったりに私の住んでいるアパートまでたどり着いたようだ。
鏡でもう一度髪型をチェックして、ゆっくりと回ってみる。おかしなところがないか確認するのは、すでに10回目だった。
苦笑しつつ、一つ大きく息を吸い込む。
どんなに好きでも、どんなに側にいても、私を見てはくれなかった。
亜貴はいつだって優しくて、丁寧で、誠実な人だったと思う。私も亜貴の前ではそうあれるようにと思っていたはずだった。
きっと、私はこれからひどい裏切りをすることになるだろう。
報われない傷口に傷つき続ける気力がなくなった。傷ついていない芝居を続けるのが難しくなった。
ずっと、皆で一緒にいられたらいいと思っていた。でも、もう無理だ。
「こずえ、」
私の姿を見とめて、優しく笑っている。右手を軽く上げてゆっくりと私の前まで歩いてくる。
好きが鳴る束の間とは、どうしてこうも時の感覚が歪むのだろう。
ずっとこの時が続けばいいと思ってしまう。切に願って、泣き叫びたくなる。気の遠くなるような一瞬が目の前ではじけた時、亜貴はすでに私の前で首を傾げ終わっていた。
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