机下で触れる指先

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「良いじゃん。だって俺ら以外いないし」 「そうそう、ここ座って、ね」 「きゃ、」 ずいぶんと可愛らしい声が出てしまって、私の腕を掴んだ男が、満足そうに私を見つめたのが見えた。 「え~、きゃあだって。かわいー声でるね~」 「はは、ビビらせてんじゃん」 「あの、手、放してくださ……」 「お客様、何かオーダーですか」 振りほどこうとした腕の上に、誰かの影が伸びている。 私の背に触れそうな距離に立ったその人は、極めて平静な声で告げていた。 いつも、亜貴のどこにこんな冷たい声があるのか、不思議に思っていた。私の手首を掴んでいた男性客の手があっさりと離れてしまう。 亜貴が、その男の腕を掴んだからだろう。 私の手首から男の手が離れたのを確認したのか、何事もなかったかのように、亜貴も男から手を離した。 当然のように私と男の間に立って、凍えてしまいそうに冷たい音を繰り出している。 「ご用がないようでしたら、下がらせていただきますが」 「なに? 俺はそっちのコズエ? と話してんだけど」 ちらりとネームを見られた。 男の声に、亜貴の体がぴくりと反応したような気がする。 いまだに信じられないけれど、亜貴は結構短気なほうだ。 あからさまに怒鳴ったり暴力を奮ったりする人じゃないからわかりにくいけれど、どこまでも冷たい声が出るようになってしまう。 「小森、さん……」 諫めるつもりで声をあげたら、亜貴があっけなく振り返った。その瞳がゆるく微笑んでいる。 知っている。亜貴は機嫌が悪いと、笑ってごまかすほうだ。 「こず、ちょっと下降りてて」 バイト仲間以上の関係だということを、隠すつもりもなさそうな声だった。 その呼び名で囁かれたら、どうやっても抗えないことを、亜貴は良く知っていると思う。 「……喧嘩はダメだよ」 店内に流れる音楽に隠せそうなくらいに小さく呟いたら、亜貴は笑って「了解」と囁いていた。周りの人を守ってあげようとするところは、ずっと前から変わっていないと思う。
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