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「亜貴、私たちも急ごう?」
「……ん、そうだね」
「うん? 亜貴?」
私よりも上の階段にいる亜貴は、いつも以上に目線が高い。
遠ざかった距離に笑って見せたら、逡巡した亜貴が、口を閉じたまま私の方へと手を伸ばした。
「行こっか」
「うん、ありがとう」
差し出された指先は、総司のものよりも冷たい気がする。私の指先に残る総司の熱が、亜貴の手に乗り移った気がした。
「亜貴?」
「うん?」
「手、もう大丈夫だよ」
足取りも、降りるときほど覚束ないものではない。それにこの調子だと、上の二人が退屈してしまいそうだ。
好意が伝わってしまいそうな指先から力を抜いたら、亜貴が同じように力を失くして、二つが離れる。
さみしいと思うのは間違っている。
総司と同じように触れているのに、亜貴だけが私の心臓をこなごなにしたり、酷使したりしてくる。
ひどく疲れるのに病みつきになって仕方がない。麻薬みたいな、おそろしい感情だ。
「梢」
「うん?」
「なんでもない……、急ごうか」
散々ためらったような亜貴が、結局何も言わずに私の横を歩く。触れたり離れたりするティシャツがもどかしい。
そんなことを思っているのは、きっとこの世界で私一人なのだと思うと泣きたくなって、ばかみたいな自傷に苦笑している。
緩やかに続く道をのぼりきったら、予想通り、すでに海水浴の準備を終わらせた二人と目が合った。
眩暈のしそうなくらいに輝かしい、奇跡の連続のような夏は、ゆるやかに、残酷に、続いて行く。
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