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亜貴から離れるための言い訳みたいに考えて、そこまで濡れていないタオルを抱えたまま、総司に向かって口を開きかける。
「そう……」
「ダメ」
総司に向かって歩き出しかけていた体が、あっけなく奪われてしまう。
強引ともやんわりとも思えるような力加減の亜貴が、もう一度「ダメだよ」と言った。その音に倒れそうになっている。
くるしい声だった。
逸らしたはずなのに、呆気なく亜貴にこころが戻されている。亜貴は、立ち止まってしまった私を後ろから抱きしめるように引き留めて、私の目を指先で隠してしまった。
「あき」
「見ちゃダメ」
真夏の熱を凍り付かせてしまうような音だった。亜貴のくるしみが心臓を一突きにして、心の半分が死んでしまったみたいだ。
「梢は、見ないで」
綺麗な指先に隠されている。そのまま体をひっくり返されて、亜貴の胸に額を押し付けられる。視界が真っ暗になった。
亜貴しかいない。
「亜貴、」
「ごめん、我慢して」
耳元に刺さる声と吐息で泣き出してしまいそうだった。どうしてこんなにも苦しいんだろうか。
亜貴を思う私は、いつでも冬の真夜中みたいだ。
どこまでも澄んでいて、先が見えない。真っ暗闇の音がする。
亜貴が私に隠そうとする事実なら、きっと私じゃなく、亜貴にとっての苦しい現実が広がっているのだろう。
亜貴の傷口の上に生息している。自分自身の気色の悪さを詰ってしまいたかった。できないまま、亜貴の胸の中で生きている。
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