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「こずえ、」
「うん?」
「だきしめていい?」
やさしい音だった。くるしい音でもあった。
振り向いて、亜貴の瞳が私みたいに揺れているのが見えたら、こなごなのこころが震えて、どうすることもできなくなってしまった。
もう、途方に暮れてしまいたいんだよ。
「あき、」
「ごめん」
じっと我慢しようとしていたのに、抑えきれないみたいに囁いた。
声が右耳に反響して、苦しくなる。
ほとんど素肌のまま触れあって、夏に侵された熱を共有している。ただじっと抱きしめられて、震えてしまいそうな指先で、亜貴の大きな背中にそっと触れた。
耳元にビターマーマレードみたいな、にがくてあまい声が触れる。
「二人になりたい」
「あき」
「こずと、二人が良い」
亜貴が私を梢と呼ぶようになったのは、いつからだっただろう。思い出せないくらいに遠い。
遠い昔から、ずっと一緒にいた。
シロツメクサ片手に泣き喚いた亜貴は、確かに私を愛称で呼んでいたと思う。
あの日も私に抱きついて、亜貴はずっと「こずと一緒が良い」と騒いでいた。あの頃に戻れたらと思うときがある。
「はは、甘えてるの」
擽るように囁いたら、亜貴の指先が力んだ。ぎゅっと抱き寄せられて、もっとひとつに近づいている気がする。
「うん」
ずっとお兄ちゃんみたいに立っていた。
亜貴はいつも私と総司を後ろから見つめていたし、親からの信頼も一番だった。朋美が来るまでは、ずっとそうやって三人で歩いていた。
亜貴が、私の右肩に額を擦りつけている。首筋に熱を移すように鼻を触れさせて、私の耳だけに聞こえるように声をあげた。
「ごめん、すこしだけ、あまえたい」
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