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「覚えていないと、ひどいことするよ」
「亜貴が? ひどいこと?」
「ん」
神妙そうにしているくせに、どこかおかしい。
本気みたいに言うのに、亜貴が好きなのは私じゃないことを知っているから、わざと、気のない返事を繰り返している自分に気づいている。
亜貴は私を好きにならない。私も亜貴がすきじゃない。ずっとそうしていれば、私は亜貴のそばにいられる。
「想像できないけど、亜貴は私の彼氏だってわかってるよ」
亜貴の心だけが伴わない付き合いだ。まるで嘘を悟らせないように、私も亜貴も必死になっている。丁寧に注意深く、私を彼女にしようとしてくれている。
亜貴は、レジャーシートの上で猫みたいに丸くなっているグレーの布を掴んで、抱き込むように私の肩にかけた。よく知った匂いが馨って、目がまわりそうだ。
「俺が近くにいない時はパーカーとか着て。ハラハラする」
まっすぐな瞳にぶつかって、酸欠に喘ぐように声を紡いだ。
「えっ、ごめん?」
「誰かにさらわれそうで、気が気じゃない」
亜貴の指先が、私の前髪に触れる。
この世の奇跡に触れるみたいな指先だった。そのやさしさに息が止まってしまいそうになる。亜貴は朋美をどんな指先で愛すのだろう。したくもない想像に痺れて、心臓の機能が停止してしまいそうだ。
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