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詳しく語ることは憚られる。
まだそれを受け入れるだけの気持ちの整理が付いていないからだ。
そのことを考えようとするだけで頭が真っ白になり、こめかみの辺りが痛み、目眩に襲われ、背筋に嫌な汗をかく。
本来ならば私は喪主として雑事をこなさねばならないのだが、とてもそんな余裕など無く、そんな私の心情を慮った親族たちが代わりに全てやってくれていたようだった。
部屋の隅で虚ろにぼうっと座り込んでいるだけの私に、参列者たちは何か気遣いや励ましの言葉をかけてくれていたことだろうが、重く低い耳鳴りに襲われ何も聞こえず、ただ曖昧に返事をしては頭を下げていた。
それでも式の流れのままに、やがて棺は運び出され、草原の墓地に掘られた小さな穴の中へと静かに収められる。
一人一かきずつの土が棺の上へと積もりゆき、やがて埋もれ見えなくなり、その上に墓石が建てられると、参列者の中から改めて忍び泣く声が漏れ始め、しかしそんな彼らにも、私はもはや気が触れたのだと思われただろうか。
私は弾かれたように墓石へと駆け寄り崩れ落ち、そこに掘り込まれたくぼみを、必死に両手で撫で、顔を擦り寄せ、これ以上無い程の大声で咽び泣いていた。
ブロンズ製の墓石の中央、名前と生年の傍らに鋳られたそれは、この地方のならわしである、彼女の遺体から型を取った彼女の足跡だった。
木の葉のように小さな足跡。
本来ならば長い人生を歩んできた証が刻まれ、その皺をなぞったり数えたりしながら思い出話をするためのもののはずなのに、彼女の足跡は、彼女の生きた証は、あまりにも小さく頼りなく、まっさらだった。
どれほどの間、そうしていただろうか。
呼び掛けても腕を引いても立ち上がろうとしない私を置いて、一人、また一人と参列者たちは去って行った。
私は、どれほどの間、こうしているだろうか。
声も涙も枯れ果てた頃、気が付けば辺りは闇に包まれていた。
このまま立ち上がることなど無いのかも知れない。
それでももう構わない。
目を閉じ、そんなことをぼんやりと思っていると、ふいに彼女の足跡に擦り寄せている頬が、温かく柔らかな感触で押し上げられた気がして、私ははっと半身を起こしそれを抱き締めようと両腕を回した。
だが腕は空を切り、その下にはただ、月明かりに照らされた彼女の墓石が佇むのみであった。
終
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