無言の119番通報が何度もあった

4/5
前へ
/5ページ
次へ
 そしたら、手がかりになりそうなものが見つかった。あいつの娘さんの小学校のときの卒業文集。つまり、あいつのお父さんにとっての孫だね。卒業文集で娘さんは「私の将来の夢はピアニストになることです」「おじいちゃんが百歳になったらお祝いで私のコンサートに招待してあげます」って書いてたんだよ。娘さんは結局音大には行かずに、普通の大学を卒業して一般企業に就職したんだ。だけどおじいちゃんは、彼女が大学生になる前に死んじゃったから、孫娘はピアニストになったってずっと信じてたのかもしれない。だって、救急車が来るようになったのは、おじいちゃんが百歳になる年だったんだから。  その卒業文集を持って娘さんの家に行って、おじいちゃんのためにピアノを弾いてもらえないかってお願いしたんだ。娘って言っても、そのときはもう四十歳ぐらいだったかな。その話を聞いてびっくりしてたけど、結婚してからも趣味で時々ピアノを弾いてたらしいから、わかりました、やってみますって言って練習してくれたよ。え? いやいや、弾いたのはきらきら星じゃないんだ。ブラームスっていう作曲家。娘さんに話を聞いてわかったんだけど、おじいちゃんは昔、ラジオで聞いたブラームスのピアノ曲をとっても気に入って、いつかそれを弾いてほしいと言ってたことがあったらしいんだよね。その曲が『四つの小品』作品119だったんだ。救急車の謎もそれでわかった。おじいちゃんは119番に電話することで、ブラームスの作品119が聴きたいって訴えていたんだね。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加