32.春凪の愚痴と宗親の本心

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 足利くんの部屋は六階だったから、エレベーターがないとキツイだろうなぁと、それよりもっともっと高い上層階に住んでいるくせに、そんなことを思ってしまう。 (あ、でも。もうあそこにはいられないんだ)  そう思ったら、何となく寂しくなって鼻の奥がツンと痛んだ。  ジワリと滲んできた涙を誤魔化すように鼻を啜ったと同時に一階に着いたエレベーターの扉が開いて。  北条くんが、ドアが閉まらないように「開」ボタンを押してくれているのを横目に見ながら、「有難う(ありあとぉ)」と言いながら外に出た。  歩いた振動で、ポロリと涙がこぼれ落ちて、北条くんに背中を向けていてよかったって思っていたら。 「――春凪(はな)っ!」  不意にすぐそばからが聞こえてきて、私は「へっ?」と間の抜けた声を出す。  でも――。  ギューッと苦しいくらいに私を抱きしめてくるこの腕は、幻覚ではないような……?  鼻水出ちゃう、とか思いながらスンッと吸い込んだ空気と一緒に、嗅ぎ慣れたマリン系の香りが肺を満たして、私は戸惑いに固まってしまう。
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