33.彼には彼なりの理由があったわけで

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*** 「春凪(はな)、聞いて?」  私がひとしきり泣いて。  ヒックヒックとしゃくり上げながらも大分涙が落ち着いてきた頃――。  ずっと私を抱きしめて優しく頭を撫で続けてくれていた宗親(むねちか)さんが、静かな声音でそう問いかけてきた。  グシュグシュ言いながらも宗親さんの胸元からちょっとだけ離れて顔を上げたら、そっと目元に残る水滴を拭い取ってくれて宗親さんが微笑んだ。  宗親さんの胸元、私の涙や鼻水やファンデーションですっごく汚れてしまってる。  そんななんだもん。私、いま、どうしようもなく汚いお顔になってる自信がある。  何だか申し訳ない上にすっごく恥ずかしいって思うのに、そんなの全然気にした風もなく宗親さんは愛し気に私を見つめてくるから。  私、本当に宗親さんに愛されるんだって胸の奥がギュッて痛くなるぐらい切なく(うず)いた。  宗親さんに、吸い込まれそうに澄んだ瞳で見下ろされた私は、大好きな彼の視線から目がそらせなくなった。 「今から、婚姻届を一緒に出しに行きませんか?」  そっと(うかが)うように問いかけられた言葉に、私は一瞬理解が追いつかなくて「へ?」と間の抜けた声を出してしまう。 「――あのっ、今日は……大安ですか?」  そうして次に出たのは自分でも情けなくなるぐらいどうでもいい言葉で。  宗親さんに「さて、どうでしょう? 確認してみないと分かりません」って小首を傾げられてしまう。
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