42.夢のような一夜

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 宗親(むねちか)さんが私を連れて行ってくれたのは、ハイランドホテルの五十階に位置する一六〇平米もあるスイートルームで。  部屋を入って真正面。  大きな肘掛窓(ひじかけまど)からの眺望は、眼下に見える景色が宝石箱をひっくり返したみたいに綺麗。だけど、高層階ゆえに吸い込まれてしまいそうで怖いくらいだった。  夜に、真っ暗な海や川を覗き込んだらスーッと水面(みなも)に引き込まれてしまうみたいな錯覚に(おちい)ることがあるけれど、まさにそんな感じで。  宗親さんとのタワーマンション暮らしで高い所からの景色には大分慣れてきたと思っていたんだけどな。  マンションの部屋はここまで壁が窓ガラスだらけではないので雰囲気に呑まれて気圧(けお)されてしまった。 「すごく綺麗な景色です! でもちょっと怖い……かも」  部屋に入るなり空間を突っ切って窓に駆け寄った私だったけれど、子供みたいに不用意にはしゃいだ結果、余りの高さにクラリとしてしまう。  そんな私にゆったりとした足取りで追いついてきた宗親さんが、ごくごく自然な仕草で肩を抱き留めて下さって、その温もりに心底ホッとさせられた。  宗親さんが背後にいて下さらなかったらきっと私、平衡感覚(へいこうかんかく)を失ってその場にしゃがみ込んでしまっていただろうな。  そんな風に思ったら、磨き抜かれた鏡面みたいな窓ガラスに映った宗親さんの優しい眼差しにすら、何だか照れ臭くなってしまった。
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