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マクと旅人
「きゃあああああああ」
「キャッキャキャッキャ」
「うわあああああああん」
甲高い叫び声と、笑い声と、泣き声で、僕は目を覚ました。
夢うつつだった僕は、家の隣にある公園の存在を思い出す。
「まったくうるさいなあ……」
僕は、布団を頭から被ってもう一度眠りにつこうとしたものの、
悲鳴とも呼べる笑い声と、
布団の中にこもった空気に息苦しくなって、僕は飛び起きた。
「ああ。もう!」
僕の仕事は夜が遅い。だからこうも騒いでもらっては、睡眠なんて朝くらいしか取れやしない。
お金が無いからってこんな家に住むんじゃなかった。
そう後悔しながら、僕はベットから起き上がった。
ベッドはギシリと大きな音をたてた。
僕は濁った鏡を覗き込む。そこには歯を磨いている小柄な男がいた。まあ僕だけど。当然だ。
身長のせいか、顔のせいか、たまに女の子に間違えられる事を思い出して、僕は鏡を覗き込む。
うん、立派な男じゃあないか。
まあ、マッチョではないんだけどね。
僕は細い腕を見ながらそう思った。
仕事の支度を済ませて、昨日貰ったまかないのチキンを口に放り込むと、僕は家を出た。
振り返ると僕の家がある。
1年前引っ越してきたこの赤い三角屋根のオンボロの家は、子供の奇声と、冷気と熱気をよく通した。
決して好んで住んでいる訳では無い。
お金のない僕は雇い主であるマスターに破格でこの家を貸して貰っていて、
この町の中で唯一住める家がこの家なのだ……
公園のそばを通ると、子供達は溢れんばかりの元気で、狂ったように遊んでいた。
血まなこで追いかけっこをしている者や、砂場で必死に泥団子を作っている者。
そして、僕の背丈くらいの木の周りを3人で周りながら奇声をあげている者。
あれは儀式かなにかなのか……?
とてもうるさい。この隣に住んでいて昼に寝られるはずが無かった。
職場はそれほど遠くはない。
市場から少し離れた所に建っていて、「Paul」(ポール)と言う宿屋の中にある酒場だ。
割と大きな宿と言うのと、近場に酒場が無いという事で、沢山の人が呑みに来る。
例えば、木こりのジジイや、山の狩人。
ごつくて礼儀の無いうるさい客が多い。
まあ、そんな客で席がいっぱいになる。
お客さんが多く人手が足りなかったので、本当は酒場は女性しかウェイトレスが居ないのだが、マスターが特別に僕を酒場のウェイターにしてくれた。
料理なんてした事がなかったので最初は内心、ホッとしていた。
それに、女の子たちと仲良くなれるかもしれなかったし、内心ラッキーだと確信していた。
僕はまだ恋をした事がなかったから。
だがいざ働いてみると、
これが話が違うのだ。
男だと言うことで、頭の上にも料理を乗せる勢いで一度に大量の料理や酒を持たされるし、持っていった客には、
「なんだ。男が来たぞ。ハズレだ。」
「酒が不味くなるからさっさと失せろ、この野郎。」
「お前あの可愛いウェイトレスの家知ってるだろ?教えろ。はあ?知らない?だったら今から聞いてこいよ。ガハハ」
などと、好き勝手に言われる始末。
大タルにパンパンに詰まった重たい酒を地下から運ぶ時は、いつ腕がもげそうになる。
ウェイトレスの女の子とは目に見えない分厚い壁があって、
とても仲良くなれそうもない。
調理の男達からは嫉妬の目で見られて会話してくれない。
……僕は、マスターから「マクは、人一倍頑張っているから、助かっているよ。」と言われる時と、
美味しい賄いが食べられる事以外この仕事にやり甲斐を感じられなかった。
僕は出勤したあと、開店前の酒場のテーブルを拭きながらも、憂鬱だった。
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