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……
今日は早上がりだった。
いつもなら家に飛んで帰って布団に入るのだが、今日は何故かお酒が飲みたくなった。
私服に着替えてカウンター席に腰掛けた僕はマスターに手をあげる。
「マスター。ビアルを1杯ください。」
「承りました。マクくんだからって値引きしないよ。」
「分かってますよ。」
マスターはニコッと微笑むと、樽からひねり出した金色のビアルを僕に差し出した。
黄金に輝く宝のような酒は、ひさしぶりに僕の心に幸せを思い出させてくれた。
喉を心地よく通る、キンキンのビアル。
「ぷはぁ!やっぱりビアルはいいですね。半分以上も飲んでしまいましたよ……」
マスターは微笑んだ。
「美味しそうで何よりですよ。」
僕はビアルを買う余裕なんてなかったので、半分まで飲んでしまった小さな樽でできたジョッキを見つめて、
もったいないと感じた。
ひと口ひと口大切に飲み始める。
肴はもちろんなし。昨日の賄いのチキン、持ってくれば良かったかな。
とうとうビアル飲み干した僕は、ほろ酔いでビアルの余韻に浸っていた。
すると隣から、「ククク」と笑い声が聞こえてきた。
顔を向けてみると、少し小汚い男性が笑いをこらえていた。
僕とマスターとその人しかカウンターにいなかったから、僕の事を笑っているのだとすぐに気づいた。
「……なあおじさん。初めて会った人を笑うのは失礼じゃないのか?」
僕がそう言うと、ハッとした男性が、笑いながら言う。
「いやいや。終始お前さんの事を見ていたが、1杯のビアルをここまで美味そうに飲むやつは初めて見た。
あそこにビアルを持った女の張り紙があるだろう?それよりも君がビアルを飲んでる写真を貼った方が、ビアルが売れるんじゃないかと思ったらもう、こらえられなくてね。ククク」
マクはおじさんの話を聞いて顔が赤くなった。
「い……いや。久しぶりだったんだ……!こんなに美味いビアルを飲んだのは。あんた、人の事を覗き見て失礼じゃないか。それも笑ってコケにして。ひどい人だ。」
おじさんはマクを「どうどう」となだめた。
「まあまあ。とても美味そうに飲む君の飲みっぷりが気持ちよかっただけなんだ。悪気はなかった。
そうだ。お礼と言ってはなんだが、私がビアルを1杯君にあげよう。」
そういったおじさんはマスターにビアルを1杯頼んだ。
「本当か!」マクはさっきまで怒っていたが、すぐに気分が治った。
それを見ておじさんはまたハハハと笑った。
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