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「さして面白くもない私の身の上話などさておいて、三角創さん。われわれはとにかくあのお化けがいなくなってしまうのを待つばかりです。その間ただ過ごすのもなんです、何か面白い話でも聞かせてくれませんか?」
亀のようにじっとして、一向に口を開く気配を見せない創を見かねてか、白守はそんな提案をした。
「例えば先ほど公園で待ち合わせをされていた方はどなたなのでしょう。確かこういう事態にお詳しい方だと言っていたと思いましたが」
「まさか恋人じゃありませんよね」とおどける白守を無視して創は携帯電話を操作すると、その画面を白守に見えるように差し出した。白守は顔を寄せ、黒い背景のホームページに書かれた豆腐小僧と杏仁小娘という記事に目を通すと「読みました」と神妙な面持ちで創に告げた。
「僕が待っていたのはこのホームページの管理者で、都市伝説や特異なことに詳しい妹の学校の先輩、その人なら何か対策を知っているかもしれない」
「なるほど、しかし、その記事になっている都市伝説ならば私も知ってるです。なにせ私の小学校でのニックネームは杏仁小娘ですから」
白守はさして興味もなさそうに、起伏のない口調で続けた。
「ことのあらましはひどく簡単です、毎日夕方になると豆腐をもって歩いている私を見かけた男子たちが、図書室のお化け図鑑にのっていた豆腐小僧のパロディでそう名付けたのです。別に私は杏仁豆腐をもって歩いているわけではないのですが、その時期に給食で出たデザートがたまたま杏仁豆腐だったかなにかが原因でしょう」
「記事には豆腐を受け取ると不幸になると書かれているけれど」
「あの豆腐に触れると菌が移る、とおちょくる男子はいましたです。でも私の知る限り、この空間を作ってくれる以外は特段なんの変哲もないお豆腐です。四角く切っておみそ汁に入れて、おいしくいただいておしまいです」
創の視線はそれでも白守の持つ豆腐に集中していた。
「あの、あんまり人のお豆腐をじろじろ見るものではないと思いますです。もしかしたらお腹が空いてきたのかもしれませんが、うちのお味噌汁にはお豆腐しか入ってないですから、これがなくなると困るです」
「ご飯はきちんと食べている?」
「当然です、育ち盛りですから、お味噌汁の他にご飯を半合も食べていますです」
「それだけ?」
「そうですが」
白守は小気味よく首を傾げた。公園でポップコーンを探す鳩のように、純粋で、なんの目論見もない様子で。それから創は不意に持っていた学生カバンを弄った。
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