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「あの日も私はお豆腐を買いに行っていたです。ただ、その日は家の用事がなかなか終わらなくて、いつもより遅い時間にお豆腐屋さんに向かいました」
「早速話の腰を折るようで申し訳ないけれど、君は毎日家で何をしているの?」
「祖母の身の回りの世話です。当時から父はほとんど家に帰ってきませんでしたし、母も病気で入退院を繰り返しながら仕事を遅くまでしてましたから。祖母は少し認知機能に問題があるそうです、体も自由に動かせないです。ですから、私は学校から帰ると祖母の世話をして、それからお洗濯をして、お掃除をして、ご飯を作るです。時々、宿題をしている内に朝が来ていることもありましたが、最近はちゃんと宿題も終わらせてますです」
「――」
「ですので、お豆腐を買いに出る時間はいつもこの時間になってしまうです。あの日は特に遅くなってしまって、お豆腐屋さんについたのは、もう夜の八時近かったと思いますです。お豆腐屋さんも普段ならもうお店を閉めている時間のはずなのに、お店を開けていてくれたです。きっと私を待つのが半分、別のお客さんと話し込んでいたのが半分だったんだと思います。その日は私より少し年上の兄妹がお店に来ていて、妹さんがものすごい勢いでお豆腐屋さんに話しかけていて、閉めるに閉められず、そのうちに私が来ましたので私に最後のお豆腐を渡して店じまいにできたみたいです」
ものすごい勢いでお豆腐屋さんに話しかける少女に思い当たる節があったらしい創は、なにやら頭をかいていた。
「その兄妹のおかげで私もなんとかお豆腐を手に入れることができましたが、なにせ慌てていたものですから、帰ろうと踏み出した足を滑らせてしまいましたです。お豆腐は道路に落ちてしまいましたし、その上に私は尻餅をついてしまいました。立ち上がってお尻の下を見ると、お豆腐は車に引かれたカエルのようになっていました」
創は大きく息を吸って天を仰いだ。白守の口から話される物語の続きは、もう聞かなくても大丈夫といった様子で。
「芸術のようであっても、もはや食べられる代物ではなくなってしまったお豆腐を前にして、うつむいていた私の前に角の綺麗な一丁のお豆腐が差し出されました。その先には私と年のさほど変わらない先ほどの兄妹がいて、私は、そのお気持ちだけで大丈夫です、とお断りしたのですが、その男の子は黙って無理やり私にお豆腐を手渡しました」
白守は、先ほど創にチョコレートを渡された方の手を見つめた。
「ですが、私は知らない人からものをもらってはいけませんと聞いていましたから、その男の子にそうお伝えしたのです。そうしたらその方は自己紹介をされました『僕は三角創、こっちは妹の紬、これで僕はもう知らない人ではないから、君はそのお豆腐はもらえる』と」
創は少女の話を黙って聞いていた。怪物の話をすると言った少女が始めた一見怪物と無関係の話に、首を縦にも横にもふらずに付き合っていた。
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