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「私は、その後ものすごいで勢いでお豆腐を差し出し続けた紬さんに押し負けて、お豆腐を一丁頂きましたです。失礼のないように私も自己紹介をして、後日お礼にいきますと住所だけ聞いて、その日は帰りました。実際お礼に行った際には、お宅には紬さんしかいらっしゃいませんでしたが」
そこで白守は言葉に詰まると、大きく深く息を吸い込んだ。
「ふぅ、三角創さん。私はその日お豆腐がつぶれてしまったことなど、まるで大丈夫でした。だって実際、一日くらい夕飯がお豆腐のないお味噌汁だったとしても、ただそれだけのことです」
再び少女は深呼吸をする。自分の頭の内側でも見るように、ぼんやりと目を細くして地面を見つめる。
「私はほとんどのことを、一人でやりくり出来ていたです。家事も勉強も祖母の世話だって、小さい頃から一人でやれていました。でも、私はあの日、あなたが私にお豆腐を差し出したあの瞬間から、大丈夫ではなくなってしまいました。なぜそうなってしまったのかはいまだにわかりません、けれど、痛くても悲しくても、誰の助けもなしに、なんでも一人でやっていた私が、時々あなたの顔を思い出して、涙が出そうになってしまうときがあるです。そんなのは考えても仕方のないことだとわかっていても、顔をあげればあなたの差し出した手があるのではないかと、思ってしまうときがあるです」
少女のあどけない瞳には涙が湛えられていた。豆腐の乗った小皿を握りしめる手がわなわなと震えていた。
「そんな風に初めて思ったあの日の帰り道、私の前に大きなお化けが現れましたです。お化けは私を押しつぶそうと襲ってきましたです。逃げても逃げても、どこまでも追いかけてきて、私を叩き潰そうとしてきましたです。私は袋小路に追い詰められて、逃げ場を失って、たまたまお豆腐を掲げた時に、この壁の中に私は逃げおおせることができたです。それから、時々大きいお化けが現れるようになりました」
白守の目の中でいっぱいになっていた涙は、創がその小さな頭をそっと撫でた瞬間に、堰を切って溢れ出した。大声で泣きだした白守、身も心も幼いその少女の内側になど本来収まる筈のない程の莫大な量の不安が、今ようやく涙として溢れ出しているようだった。誰かに頼るという選択肢など存在すら知らず、ただひたすらに現実に耐えて暮らした少女が、差し伸べられた手を握り返すことなど簡単に出来るはずもなかった。目の前にちらつく甘い考えなんて、押しつぶそうとするに決まっていた。
「白守杏実、それが君の名前だね。大丈夫、たとえ相手が何であろうと僕を頼ってほしい。改めてお願いする、そのお豆腐を僕に渡してくれないかな」
杏実はもう何も否定することなく、涙でろくに前が見えないであろう視界の中、創に豆腐を差し出した。創はその豆腐を手に取った、確かに受け取った。
しかしその豆腐はいまだに杏実の手の中でもあった。
一丁の豆腐の乗った小皿を、創と杏実は二人で手にしていた。
「いいかい、僕がこのお豆腐を手にして外に出れるという事は、君も同じように、大きさと小ささの環の連なりによって元の世界に帰れるんだ。それは君が作ったこの空間の、君の世の理なんだから」
次の瞬間、二人は護國墓所にいた。
そこには先ほどより一回り巨大化した怪物が待ち構えていた。
姿を見せた創と杏実を押し潰すように、すぐさま怪物の巨大な掌が振り下ろされる。泣きじゃくる杏実を庇うように創はそっと抱き寄せ、二人は目を閉じた。
「悲鳴を聞いたら次元をトラベルっ」
二人を押し潰す寸前まで振り下ろされていた怪物の掌は、見えない障壁に遮られたようにその動きを止めた。
「使命を彼方に掴んで助けるっ」
二人と怪物の間に割り込んだのは、まるで池袋を徘徊するコスプレイヤーのような甘いフリルを身にまとった少女だった。
「最中の貴方へパラレルパラレルっ!」
鉱石を散りばめたステッキを怪物の掌に向けて振りかざし、二人と怪物の間に割って入っていた。
「無次元結社パラレルワールドピクニック、エーストラベラーのユーラシアひかりん見参っ!」
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