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三角創は梅雨前線が日本列島に到来した季節のある日、あまりに真剣な眼差しで豆腐を見つめて歩く少女に出くわした。
色のくたびれてしまった赤いランドセルを背負ったその少女は、水たまりに靴が濡れるのも気が付かないといった様子で、豆腐を乗せた小皿を大事そうに抱えて一歩一歩と歩みを進めていた。そんな少女が歩く道すがらにあるベンチの上に、約束の人を待ち受ける創の姿があった。
約束の午後七時まで残り十分、創が手持ち無沙汰に覗き込んでいる携帯電話に映し出されているのは『霊華の霊寒倶楽部』の赤い文字。
それは今まさに創が待ちぼうけている神有月霊華という特異な人間が、かつて管理人をしていたホームページだった。そこには霊華によって蒐集された都市伝説が並べたてられている。
かつて学生の間で話題になった時期もあるが、今では創以外に閲覧者のいない、インターネットの海に置き去りにされた、閑散としたホームページだった。
そんな風に少女がぽつぽつと歩き、創がぽちぽちとボタンを押しているその場所は、地域で最も大きな寺院墓地である護國墓所の敷地内だ。入口の山門を抜けて本殿へ伸びる石畳の参道、そこから脇へ入るとお墓へと続く舗装もまばらな雑草の生えた道がある。
日のほとんど落ちた現在、逢魔ヶ時の名の如く、祟りの一つでも現出しそうな人気のない小道で、創と少女ははたと出くわしたのだった。
「きゃっ!」
少女は転がっていた石に躓いてよろけると、はずみで創の座っているベンチに向かって突っ込んでいく。少女の発した奇声に創は視線をあげた。そして、迫り来る今にも転びそうな少女の体を、抱きかかえるようにして支えた。
間一髪のところで転倒を免れた少女は、安堵に長い息を吐き出してから言った。
「ど、どうもすみません。ご迷惑をお掛けいたしましたです」
謝る少女の視線は皿の上にかろうじて残った豆腐を経由して、それから創の顔をとらえた。そこにあった創の存在に気づき唖然とする少女、その頬がみるみるうちに紅潮していく。
しかし二人の及び知らぬ場所で、その現象は唐突に始まっていた。二人の目の前には、巨大な影が湧き上がり始めた。
雲が寄せ集まるようにしてもくもくと形作られていくその巨大な存在は、次第に五メートルはあろうかという巨躯を持つ人型の何かになった。裸足に白い甚兵衛を羽織っているだけの坊主頭の怪物で、大きな目が顔の中央に一つしかなく、手のひらは畳一畳はあろうかという程に異様に大きく広がっていた。
怪物は低いうなり声をあげると、二人のいる場所に向かって巨大な掌を振り下ろす。
寸前の所で危機を察知した創は少女を抱き抱えたまま、反射的に全力で真横に跳躍した。それでも怪物の掌底が少女のこめかみを掠める。
「いやっ!」
二人は異形の怪物と対峙する。
悲鳴をあげながらも、創に抱えられた少女は俄かに持っていた豆腐の乗った小皿を怪物に向けて掲げた。すると創と少女の四方に水晶色の壁が現れ、さいころに閉じ込められるようにして、二人は四角い空間に包まれいった。
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