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形成された密閉空間には少年少女と二つの乱れた呼吸だけが閉じ込められていた。プレーリードッグのように危機を探して首を振る二人の視界の届く範囲に巨大な影はなく、不規則だった呼吸も徐々に落ち着きを取り戻していく。やがて、二人の内で豆腐を手にした女が先に口を開いた。
「あの、巻き込んでしまってすみません。でも安心していいです、この中にいる間は安全です」
それだけ言うと少女は抱えられていた創の手の中から離れた。そして創に背を向けて座り込んでしまう。
創は改めて四方を一周見回した。それから子供部屋くらいの広さの空間を作りあげている壁に触れる。一見すると半透明の水晶色の壁は、深い霧がかかった世界のように外側を見通すことはできない構造になっていた。
創はしばらく目を細めて外の様子を窺った後で、小さな息を一つ吐き出して肩をリラックスさせてから、少女のもとに歩み寄る。
「これ、よければ」
創が学生証入れから絆創膏を一枚取り出して、少女に差し出す。
少女は立ち上がって頭を深く下げて「ありがとうございますです」と礼を言うと、恭しく絆創膏を受け取った。その間も片手に豆腐を手放さず、もう一方の手で傷口の位置を確認しながら絆創膏を貼りつけた。
「君はさっきのあれがなんだか知っている? それからこの空間についても」
傷口から少しずれた位置に絆創膏を貼ってしまった少女は、貼りなおすかどうか逡巡したような表情のまま口を開く。
「さっきの大きな目が一つのやつは初めて見ました。でも、怖くて大きいお化けは時々でてくるです。そんな時のために、私は豆腐を手放さないようにしてるです。これがあれば、私は大丈夫ですから」
私は大丈夫ですから、と呟いた少女の声は今にも消え入りそうだった。
「そう、君はこの状況と似た経験をしたことがあるんだね。誰かに相談したことは?」
少女は黒のゴムで結んだポニーテールを揺らしながら首を振った。
「僕の知り合いに少し詳しい人がいるんだ、丁度今から待ち合わせるところだったから、その人が来たらここから出よう」
再びポニーテールが左右に揺れる。
「この中にいると、時間が止まったみたいになるです。どれだけ待っていても、その方はいらっしゃいません」
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