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創はポケットから携帯電話を取り出して神有月霊華の呼び出しボタンを押した。しかし何度試しても受話口からは通話不能のアナウンスが流れるだけだった。
「今まではどうやってあれから逃げてきたの?」
呼吸こそ落ち着いたものの、少女の頬はいまだにほんのり赤く染まったままだった。そしてどこか、もどかしそうに言葉を紡いでいた。
「わからないです。でも、もうダメだって諦めて、だんだん眠くなってうとうとしちゃって、それで……気が付いたら外に出てるです。その時にはお化けもいなくなってるです」
創は「そう」と少女の言い分を受け止めると、顎に手を当ててなにやら思案に耽った。それから、次の言葉を口にした。
「わかった、僕が先に出て人を呼んでくるよ、だから僕をここから出してほしい」
「それは、まだ、出来ないです」
「外にお化けがいるから?」
「違うです。ここから出るには、あなたがこのお豆腐を持てばいいだけです」
創は身動き一つせず、ただ少女を見つめ続ける。
「私たちがいるここは、このお豆腐の中です。だからあなたがお豆腐を持つと、あなたが持ったお豆腐の中にあなたがいることになります。そしてまた、あなたが持ったお豆腐があって、そのお豆腐の中にいるあなたがいて」
少女は突拍子もない話を、ぬかるみを歩くように辛抱強く続けた。創は時折、背中をさするような相槌を打ちながら、少女の話に耳を傾ける。
「そうすると、お豆腐とあなたがどんどん小さくなって、これ以上小さくなれなくなるです。それでもあなたとお豆腐の関係は終わりません。それでどうしようもなくなって、最後には小さいあなたと大きいお豆腐が繋がるです。そして大きいと小さいが環になって、もともとの私たちの外の世界の大きさにかえれるです。仕組みはわかりません、でもこれが世の理です」
創は無表情のまま、少女の話を聞いていた。創は自身の理解の範疇を超えた現象が存在するということを、経験したことがあった。
「わかった。それじゃあ、そのお豆腐を僕に渡してほしい」
創の差し出した両手に、少女は皿を手渡さなかった。
「ですから、それはまだ、できないです」
「どうして?」
「知らない人からものをもらってはいけません」
少女はこれまでの怖気づいた様子と違って、そこだけははっきりとした物言いで否定した。
「これも世の理です。あなたは私のことを知らないです、だからあなたは知らない私からお豆腐をもらってはいけないです」
創は少女が手に持ったままの、絆創膏の紙を指さした。
「君は僕から絆創膏をもらったと思うのだけど」
髪をさわったり、指を揺らしたり、少女は相変わらず落ち着きなくそわそわとしている。
「私はあなたを知っています。だから私はあなたからものをもらってもいいです」
創は意表を突かれた様子で、少しだけ目を見開いた。
「君は僕を知っている?」
少女は上目遣いながらに創を正面からじっと見つめた。
「当然です、三角創さん。だってあなたは、私の初恋の人ですから」
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